【講演】伝統工芸と舞踊〜次世代への継承~株式会社和える 矢島里佳様~
2021年12月16日(木)株式会社和える 代表取締役・矢島里佳(やじま りか)様をお迎えし、「伝統工芸と舞踊/担い手と次世代への継承」をテーマにオンライン講演会を開催しました。この記事では、その講演の様子をダイジェストでお届けします。
株式会社和える(以下、和える)は、「先人の智慧と現代の感性を和えることで、伝統を次世代につなぐ」をコンセプトに、伝統文化の魅力を伝えています。”0歳からの伝統ブランドaeru”を始め、近年では里山育成事業、教育事業など多角的に事業を展開されています。
同じく「伝統」をつないできた日本舞踊も、和えるの先進的な取り組みから学ばせていただこう、ということでこの講演会を企画いたしました。 前半は和えるの事業紹介、後半は日本舞踊の先生方からいただいた質問への矢島様のご回答を中心に、「日本舞踊を次世代へ継承するには?」というテーマで対談を行いました。
矢島 里佳様 プロフィール
1988年東京都生まれ。
慶應義塾大学法学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。職人と伝統の魅力に惹かれ、19歳の頃から全国を回り始め、大学時代に日本の伝統文化・産業の情報発信の仕事を始める。「日本の伝統を次世代につなぎたい」という想いから、大学4年時の2011年3月、株式会社和える創業。幼少期から感性を育む”0歳からの伝統ブランドaeru”を立ち上げ、日本全国の職人と共にオリジナルの日用品を販売。事業拠点は東京「aeru meguro」、京都「aeru gojo」、秋田「aeru satoyama」の3拠点。 現在は、事業承継・あったかいM&Aを応援する、リブランディング事業を行い、地域の大切な地場産業を次世代につなぐ仕事に従事。日本の伝統を通じて、ウェルビーイングな生きると働くを実現する、講演会やワークショップも展開中。その他、日本の伝統や先人の智慧を、暮らしの中で活かしながら次世代につなぐために様々な事業を創造。「ガイアの夜明け」(テレビ東京)にて特集される。
開催の背景「日本舞踊をどうやって次世代へつなぐ?」

うめざわ

うめざわ
工芸を、モノの魅力だけではなく、そこに宿る精神性までも一体として捉えられている着眼点に惹かれ、そこから興味を持って、和えるの取り組みを調べるようになりました。興味深い取り組みや、それを生み出す考え方をぜひ、日本舞踊の先生方にもシェアしたい、と思ったのが本日の講演のきっかけです。

うめざわ
私も和えるの「こぼしにくいコップ」という製品を使っています。使いやすさはもちろん、一点物の個性に対する愛着が湧いて、どうせ使うなら、このコップに飲み物を注ぎたくなる、というような体験をしています。
「伝統的なものが身近にあることで、何か自分の中に小さな変化が起こる、生活が少し良い方向に変わる」ということは、私が日本舞踊に対して感じた魅力の1つでもありました。きっと工芸と舞踊、2つにも通じるものがあるのではないかと思っています。 それではさっそく、矢島様から和えるの取り組みをご紹介いただきたいと思います。
日本の伝統や先人の知恵と、今を生きる私たちの感性や感覚を「和える」
和えるの商品(公式サイトより)

矢島 里佳さん
私どもは普段は有形の文化を扱うことが多いのですが、日本舞踊のような無形の文化もすべて、日本の精神性の表れだなと思っております。私も皆様からいろいろと学ばせていただけたら嬉しいなと思っております。
私どもは「日本の伝統や先人の知恵」と「今を生きる人々の感性や感覚」を、それぞれの本質原点に立ち戻って「和える」ことでより魅力的な日本を次の世代につないでいきたい、との思いから和えるという会社を作りました。
また、人間以外で人格を有するのは法人格のみである、つまり法人も人格を有している、ということから、創業者である私は「和えるくんのお母さんになった」という感覚で、「和えるくん」を自分の息子のように捉え、周りの人にも育んでもらいながら約10年歩んできました。
伝統と革新はセットである

矢島 里佳さん
「和えるくんは何のために生まれてきたの?」と聞いていただくといつも、「日本の伝統を次世代につなぐ」ために生まれた子なんですよとお伝えしています。 ただ、「伝統が大切」と言っているだけでは、消えていくだけだと思っておりまして、この伝統はやはり革新とセットであり、伝統から革新が生まれて新しい伝統になり、また革新が生まれ・・・そういうサイクルを生み出すことが必要だと思っております。
これは、私自身が学生時代にライターとして日本全国の職人さんの工房を訪ねながら、職人さんたちの背中から学んできたことです。脈々と伝統を継承されている方々には共通して、伝えたい哲学があり、伝統とともに、必ず革新がありました。この姿勢は、和えるの経営の大切な根幹になっております。
和えるは小売業ではなくジャーナリスト業

矢島 里佳さん
ライターとして伝統を伝えていた私が、なぜ和えるを創業したのかというと、言葉だけでは伝えられないくらい、私たちの暮らしから伝統が遠のいてしまっていることに気がついたからです。
そこで、モノを介して伝統の魅力や優しさを伝えていくような仕事をしていきたいと思い、最初に、‟0歳からの伝統ブランドaeru”を作りました。赤ちゃんのときから日本の伝統に出逢える環境を生み出すところから始まりまして、ホテルの部屋を地域の文化や伝統でプロデュースして、お部屋の中で伝統を体感できる場を作ったり、「aeru school」という、ワークショップ形式で大人から子どもまで日本の伝統に触れ、感性豊かな学び体感していただいたり、モノや空間、ワークショップなど、様々な方法で伝統を伝える事業を立ち上げてまいりました。
消費者から暮し手へ

矢島 里佳さん
私たちは、ただモノを売りたい会社ではなく、あくまでこの想いや考え方を伝えたいので、売るだけではなく「直す」ということも大事な事業と捉えています。壊れてしまったものを金継ぎができるんだよ、壊れてしまった悲しさ寂しさを職人さんの技術で直し、より格好良く戻してもらえるんだよ、と。
また、この「直す」ということを通じて消費者から「暮し手」にも変われるのではないか、経済のために物をただ消費するのではなくて、暮らしを豊かにするために、必要なものを大切に取り入れていく、そういった「暮し手」になりませんか、ということも日々発信しております。 ですから”0歳からの伝統ブランドaeru”は、一見すると小売業ですが、私たちは想いや考え方を伝える「ジャーナリズム業」だと思って取り組んでいます。
日本舞踊の先生それぞれの「自分的職業」は?

矢島 里佳さん
皆さんのお仕事も、一見すると「日本舞踊の先生」に見えるかもしれませんが、皆さんが真にされてるお仕事とは何なのか?ということを、ぜひ今日一緒に考えられたら嬉しいなと思っております。
私は「自分的職業」「社会的職業」という言い方をしております。私、矢島里佳の社会的職業は「経営者」や「起業家」ですね。でも、私自身の「自分的職業」は一貫してジャーナリストなのです。皆さんも、日本舞踊の先生という社会的職業に対して、どういう自分的職業で今お仕事をされているのか?そこから、それぞれの先生ごとに新たな日本舞踊の魅力の伝え方の切り口が見えてくる可能性もあるのではないか、と思っております。
やさしさがあふれる美しい社会には余白が必要。それを生み出すのが文化

矢島 里佳さん
私たち和えるは「伝統を次世代につなぎたい」という想いでいますが、本質的には、やさしさがあふれる社会、美しい社会で生きていきたい、と思っています。
人々がギスギスしたり、怒っている人や悲しんでいる人がいるよりも、ご機嫌な人が周りにいた方がお互い幸せです。そのためには暮らしに「余白」が必要であり、その余白を生み出してくれるのが、文化や伝統です。つまり私たちにとって、伝統を次世代につなぐというのは、美しい社会に向かう一つの手段と捉えています。
利便性や経済合理性だけで生き方を選んでしまうと、豊かに生きることよりも「経済のために働く」ことが優先されてしまいます。しかし本来は、文化が先にあって、そこで経済が始まり、経済で得たお金を、また文化に注ぎ楽しむことで「文化と経済の両輪」が回っていたのではないでしょうか。
「あなたの家に、コップはいくつありますか?」文化が未来の経済を作る
小石原焼のコップを作る職人さん(公式サイトより)

矢島 里佳さん
みなさんのお家にコップはいくつありますか。ただ飲み物を飲むためなら、ひとつあればいいですよね。でも皆さん、飲み物に合わせてコップを使い分けていらっしゃいませんか。
緑茶を飲むときに湯のみがいいな、コーヒーを飲むときはコーヒーカップ、日本酒を飲むときはおちょこで飲む、ワインを飲むときワイングラス。
飲み物の文化に合わせて、どういうコップやグラスで飲むとよりおいしく、より楽しく飲めるのか、先人たちが研究し楽しみながら文化として育ててきたからこそ、自分たちも大人になったとき自然と「あ、これ飲むならこのコップだよね」と買い揃えるのです。

矢島 里佳さん
つまり、文化を広めることで、文化が未来の経済を作り、それがまた、次の文化を育むことにつながるんです。文化と経済は密接であることを再認識する時代がいま来ているのです。
対談:日本舞踊を次世代へ継承するには?
後半は矢島様と対談形式でさまざまな質問に応えていただきました。一問一答形式でご紹介します。
Q.日本舞踊の魅力を俯瞰的(メタ認知的)に捉えるコツは?

うめざわ
「和える」は、単に工芸品を販売するだけではなく、ワークショップや空間演出など様々な形で柔軟に伝統の魅力を伝えています。そのためには「この器はすばらしい」「この布はきれい」といった捉え方を越えて、「これが生活の中にあることで優しい世界になる」といったより俯瞰的な捉え方が必要だと思います。
より多くの人に魅力を伝えるには、この俯瞰的(メタ認知的)な視点が不可欠だと思うのですが、対象を良く知っていて、好きであればあるほど、この視点を持つのは難しいというジレンマがあると思います。このメタ認知的な目線を持つコツやポイントはありますか?
メタ認知とは・・・一言で表すと「自分を見ているもうひとりの自分」。自己の認知のあり方を、高次(メタ)からさらに認知すること。「客観的な自己」などとも言われる。

矢島 里佳さん
私たちも、メタ認知的な視点を意識しています。
伝統工芸が好きな人には説明しなくても「素敵よね」「そうよね」で魅力が伝わります。でも興味のない人たちにどれだけ伝統工芸の魅力を語ったところで、その人たちにとっては、どうでもいいことですよね。
だから、興味のない人たちの興味があるところに対して目を向けてアプローチして、実はこれ伝統工芸です、という入り口を変えていくことが大事だなと思います。
‟0歳からの伝統ブランドaeru”のコンセプト

矢島 里佳さん
私たちは最初「赤ちゃん子どもたちの伝統産業品」という視点から入りました。自分の子どもに、もしくは友達やお孫さんとか、身近な方への贈り物を何にしようかな、と考える瞬間が皆さんあると思います。
そのときに、人と違うものを贈りたい、なにか意味があるものを贈りたい、そう考えるときにたまたま和えるの商品を見つけて、「これいいな、デザインも素敵だし。あ、これ職人さんが作っているんだ」と順番を変えることが大事だな、と。伝統産業と関係なさそうなところなのですが、関係がない人の興味を持つ瞬間にすっと入っていく、という考え方です。
Q.日本舞踊の認知度を上げるには?

うめざわ

矢島 里佳さん
時代、ということは否めないと思います。しかし、認知度が低いことに注目するより、日本舞踊に出逢っていない人たちが、これから出逢うとどう幸せになるのか?どうご機嫌になるのか?日本舞踊というものからどんな暮らしへの幸せを得られるのか、を知ることの方が大切だと思うのです。
例えば、都会で心をすり減らしながら働いている人がいると思うのですが、そういう人の悩み、課題に対して日本舞踊はどのように答えることができるのか?と考えてみる方法もあるのではないでしょうか。都会で疲れている人が、心が元気になる方法を探したら、たまたま日本舞踊にたどり着いた、そういう課題解決から入っていただいてもいいのかなと思いました。
Q.魅力がなかなか伝わらない。伝統工芸の発信のときに気を付けていることはありますか?

うめざわ

矢島 里佳さん
そして、課題に対してのソリューション、解決手法として日本舞踊というものをご提案して差し上げると、耳を傾けてもらえるようになるのではないでしょうか。

うめざわ

矢島 里佳さん
まず「どんな人に日本舞踊を習って欲しいのか」というペルソナ像、具体的な人物像を、考えることが大事です。
そして、そのペルソナに近い方が参加されそうなイベントに、自ら参加してみてはいかがでしょう。いまは様々な無料で参加できるオンラインイベントが行われています。 そこで対話すると、日本舞踊を知らない人が、まず「あなた」という人を知ることができます。あの人はどうも日本舞踊の先生らしい。日本舞踊って体験できるのですか?というような話にもなると思います。
ペルソナとは・・・マーケティング用語で、商品やサービスを購入する顧客像のこと。性別・年齢・住まい・家族構成・職業・趣味・・・などリアリティをもって詳細に設定する。

矢島 里佳さん
ペルソナの興味がわかれば、どんな受け皿を用意すべきかがわかります。日本舞踊の敷居が高いと感じられている方に対しては通いやすいプランやチケット制を考える、本気で上達を目指す人に来てもらうために、金額は高いけれど本気で上手くなれそう、という見せ方をする、などです。
ニーズに答えて後から形態を変えていくのも良いですが、まず受け入れる受け皿を想定しておくと、より多くの方に届くのではないかと思います。自分のお稽古場の目的をどこに置くかということが大事ですね。
Q.コロナ禍をどう過ごされましたか?今後の取り組みは?
全国の工芸品がネットで購入できる「aeru gallery」
コロナ禍で苦境に立つ職人さんを応援するために生まれた事業の一つ

うめざわ
こちらも先生からの質問です。「コロナ禍は、日本の伝統文化にどう影響を与えていると思われますか。また矢島さんご自身は、どのようにこのコロナ禍を過ごされ、今後どのように取り組むお考えでしょうか」
日本舞踊界でも、教室を閉めるか、オンラインレッスンをどうするか、発表会はできるのかなど、どの教室も対応に苦慮されました。

矢島 里佳さん
コロナ禍は、変化できる人、そうでない人の二極化を推し進めたのかな、と感じております。
もうひとつは、伝統産業界で辞め時を探していた人たちに、廃業の背中を押した側面もあると思います。しかしそれは、5年後くらいにやってくるはずの現象が早まっただけ、とも考えられます。
ずっと以前から、伝統産業はこのままではいけないと言われ続けてきたのですが、まさに今、待ったなしで「変わるしかない」という強制力が働いているとも言えるのではないでしょうか。私たちも、コロナ禍を、ポジティブな転換点に変えていけるかということにひたすら向き合った2年でした。

うめざわ

矢島 里佳さん
オンライン化できる事業はすべてオンライン化しました。オンラインとオフラインを今では和えながら行っています。イベントの開催方法も、オンライン参加の人とオフライン参加の人、同時開催にするなど、オンラインでやる意味、オフラインでやる意味、それぞれ見極めながら活用したことで世界がグッと広がったと思います。
例えば職人さんの工房訪問も、オフラインだったら5~10人しか入れなかった工房を、オンライン参加を取り入れたことで、80人で訪問することもできました。 一方で、気軽さだけを強調するだけではなく、オフラインでも数名限定でクローズドでリアルな体験を届けることで、熱量の高い人のニーズにも応える。
このようにオンラインとオフラインを両使いすることで、興味のある人々を増やしつつ、本気の人たちに対してリアルの価値を高めていくことができたのではないかと思います。
和えるのオンライン工房ツアー。九谷焼、津軽塗りなどのオンラインツアーがYouTubeで公開されている
Q.理想と現実のバランスをどう考えますか?

うめざわ

矢島 里佳さん
まずは自分の中で、理想の絵をしっかり描ききることが大事だと思います。
ただ、いきなり理想の絵に行くことはできないので、一段ずつ階段を登っていく。現実に迎合する必要はなくて、現実を理想に引き寄せていく姿勢が大切だと思います。とはいえ完璧主義者になってしまうと、永遠に理想のままになってしまうので、本質からずれない範囲でより良い状態を探していく柔軟性を持てると、一番良い状態に早くいけると思います。
海外へのアプローチについて

うめざわ

矢島 里佳さん

うめざわ

矢島 里佳さん

うめざわ
今日は矢島様のお考えをご紹介でき、またアイデアもいただけて、非常に良い時間になりました。
これからも、いろんな新しいことや、今あるものをもっと高めていくようなことを、みなさんと考えたり一緒にやっていけたりしたら、すごく楽しいなと思っています。 矢島様、ご参加の皆様、ありがとうございました。

