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美しい日本語に寄り添う日本舞踊の魅力~花柳綱仁(つなひと) 兵庫県西宮市~

美しい日本語に寄り添う日本舞踊の魅力~花柳綱仁(つなひと) 兵庫県西宮市~

兵庫県西宮市と東京都大森で日本舞踊教室を開かれている花柳綱仁(はなやぎつなひと)さんにお話しを伺いました。

藤原定家が大好きで、日本舞踊だけではなく、源氏物語や平家物語などの古典文学や、海外文学にも造詣が深い綱仁さん。実際にそれらをテーマにした作品を公演されたり、これから創作するという構想も。

演出家を目指していた綱仁さんが日本舞踊家になった理由とは?コロナでも舞踊会を続ける強い気持ちを持つことができた藤原定家の言葉とは?教えるときのこだわりは?などお伺いしました!

花柳綱仁(はなやぎつなひと)プロフィール

花柳流師範、日本舞踊協会会員、花柳流花仁会主催
演劇ユニット有職文様主催
昭和63年4月21日生まれ
3歳より花柳流に入門し現在、花柳芳綱師に師事
京都造形大学舞台芸術学科卒業
卒業作品の演劇公演における演出、脚本で瓜生山賞を受賞
第50回なにわ芸術祭新進舞踊家競演会奨励賞受賞

テレビがきっかけで日本舞踊のお稽古を始める

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うめざわ

綱仁さんが日本舞踊を始めたきっかけはなんですか?

 

花柳 綱仁さん

私の場合、家が日本舞踊の家だったとかではないんです。私が3歳のころ、親が私にさせるお稽古ごとを考えていた時に、私が日本舞踊の番組を熱心に見ていたらしいんです。

「お稽古してみたい?」と親が尋ねたところ「やってみたい」と答えたのがきっかけです。

 
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うめざわ

なるほど、たしかにこれまで取材をしてきて、日本舞踊をお仕事にされる方は、親や親せきが日本舞踊をやっている方が多かったですね。

そうではなかった綱仁さんが日本舞踊をお仕事にしようと思ったきっかけは何ですか?

演出家から日本舞踊家へ進路を変えた2つの理由

舌出し三番叟(師匠・花柳芳綱氏とともに)

 

花柳 綱仁さん

実は、もともとは演出家になろうと思っていたんです。しかし、花柳流の舞踊講座に参加したことや、壽應(じゅおう)先生(当時四代目花柳壽輔氏)のお言葉があって、この世界へ足を踏み入れることになりました。

あくまで「お稽古ごと」として日本舞踊を続けていた綱仁さん。

大学生で進路に迷っていたときに、転機が訪れます。

花柳流の舞踊講座で受けた、大きなカルチャーショック

花柳 綱仁さん

大学は京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)に通っていて、舞台の演出を専攻していました。大学の先生からは東京の文学座の養成所を勧められていたこともあり、卒業後は東京で演出家の勉強をしようか、と考えているところでした。

そんな、もうそろそろ進路を決めようというときに、花柳流の舞踊講座に参加することになったんです。

綱仁さんは、東京で行われた花柳流の舞踊講座に参加しました。限られた若手メンバーだけが参加できる講習会で、約1週間にわたって、朝から晩まで稽古や講習が続きます。最終日の成果発表の舞台では、「松の羽衣」の出演メンバーに選ばれました。

舞踊講座 成果発表会の舞台裏で。花柳楽彩さん(左)、花柳美喜さん(真ん中)と

 

花柳 綱仁さん

はじめて家元先生のお稽古場へ入らせていただいて、それまでの稽古とは違う、厳しい、激しい稽古を経験しました。

すごくカルチャーショックを受けましたね。まったくついていけなかったんですけど、家元先生はじめ第一線で活躍されている先生方が非常に熱心に教えてくださって。

 

花柳 綱仁さん

また、それまで舞踊家になる、とかっていうことが、全然ピンときてなかったんですね。家が日本舞踊と関係あるわけでもないし。

でも舞踊講座を受けたことや、一緒に稽古をしたメンバーたちにとても感化されて、舞踊家っていいな、素敵だなって思うようになりました。

 
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うめざわ

なるほど。同じ講習会に参加され「松の羽衣」に一緒に出られた花柳楽彩さんも、この講習会がターニングポイントになったとおっしゃっていました。とても素晴らしい講習会だったのですね。

そこで進路を決められたのですか?

花柳壽應先生からの言葉

花柳 綱仁さん

いえ、そのときはまだ完全には決めていませんでした。心を決めたのはその数か月後、壽應(じゅおう)先生に直接、言葉をかけていただいたときです。

東西名流舞踊会という舞踊会に、壽應先生がいらっしゃって、師匠(花柳芳綱(よしつな)先生)と二人でご挨拶へ伺ったときに「あなたは、舞踊家になるのか?」と聞かれたんです。

 

花柳 綱仁さん

踊りの道へ進むことも素敵だなと思っていたところへ、壽應先生からの言葉があったので、これが運命かな、と肚が決まり「舞踊家になるつもりです」と答えました。

たしかそのとき師匠には、卒業後は東京に演出の勉強に行くと思う、と伝えてあったので、師匠は横でとてもハラハラしていたそうです(笑)

満足にいかないからこそ・・・選んだ舞踊家の道

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うめざわ

ちょうど進路に迷っているところに講習会があって、そして関西で壽應先生とお会いするタイミングが合って、すごく、いろんなタイミングがバチバチっと合ったんですね。

ところで、舞台には乗らない演出家と、舞台上で演技する舞踊家では、同じ舞台関係とはいえ、方向性が違う気もするのですが、そのあたりの決め手はどうだったのでしょう?

 

花柳 綱仁さん

一番は踊りが好きだということですね。

一方で、私は舞踊家は向いていない、という意識もあります。人前では空回りしてしまうときもあるし、器用でもありません。

でも、舞踊講座を通じて「不器用なりにやっていきたい」と思うようになりました。苦手、満足にいかないからこそ、踊りの道に進みたいと思ったんです。

日本舞踊の振付は、舞台演出と同じ

長唄「京鹿子娘道成寺」

 
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うめざわ

日本舞踊の道へ進むことになった綱仁さんですが、演出の勉強をされたことでいまに活きていることはありますか?

 

花柳 綱仁さん

私は、舞踊家として、最終的には振付をしていきたいと思っているんです。この踊りの振付師という仕事は、演劇でいうと演出家の仕事なんです。

演出家は舞台のコンセプトを決めて、どう見せたいかを決めて、「ミザンス」というんですが、役者の立ち位置を決めて、本を立体化するのが仕事です。役者はそれに従って演技をします。

振付師も同じように役者の立ち位置を決めていくのが仕事です。

ご自身の舞台では、オリジナルの作品も手がけてこられた綱仁さん。2020年には源氏物語を公開しました。平家物語も近日公開予定です。

2020年10月公演「花仁会」より「源氏物語絵巻」

2021年2月公演予定の平家物語をテーマにした作品

日本舞踊の面白さに進んで触れて欲しい

花柳綱仁日本舞踊教室のみなさん

 
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うめざわ

綱仁さんは地元である兵庫県西宮市と東京の大森で約20名のお弟子さんをお持ちです。

お弟子さんを教える際のこだわりはなんですか?

 

花柳 綱仁さん

自主的に調べたり、やりたいことを目指していける雰囲気を大切にしています。

日本舞踊を知らないで始める人が多いのですが、日本舞踊というものを知ってほしいですし、その上で、先生がやれといったものを受け身でやるだけではなく、自分でやりたいものを目指していく、という形もこれからはありなんじゃないかなと思います。

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うめざわ

そのためにお弟子さんに勧めていること、工夫されていることはありますか?

 

花柳 綱仁さん

まずは他の人の踊りを見ることですね。テレビや舞台を通じて他の人の踊りを見ることで、日本舞踊ってどういうものなのか、学んでいくことができます。

他には稽古場に「日本舞踊全集」や、「月刊 日本舞踊」などいろんな本を置いていて、手に取れるようにしたり、映像を見せたり。

また、これは演出家的な考えからかもしれませんが、「役作り」を意識して、役や時代背景なども調べていきましょうと話しています。

 

花柳 綱仁さん

今の社会は、お稽古ごとに力を入れるのが当然という社会ではないですよね。それが悪いこととは思いませんけど、受け身になりすぎず、やるからには、自分から調べたりするほうが、絶対面白いです。

お稽古風景

混乱した時代だからこそ輝く、藤原定家の言葉

長唄「熊野(ゆや)」綱仁さんは平宗盛(むねもり)役(右)

 
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うめざわ

新型コロナウィルスの影響がまだまだ大きいですが、いかがですか?

 

花柳 綱仁さん

日本舞踊は総合芸術ですので、舞踊会を絶やしてしまうと、あとから取り戻すのが難しいと思っています。

日本の歴史でも、かつて応仁の乱のときにいろんなものが途絶えてしまったという過去があります。

 

花柳 綱仁さん

私は藤原定家が好きなのですが、彼は、承久の乱などで世の中が乱れて、奈良時代から続く王朝文化が途絶えていく危機にあったときに、古典文学を後世に残すために行動しました。百人一首を編纂したのもそのひとつです。

彼の日記に「紅旗征戎吾が事に非ず(こうきせいじゅうわがことにあらず)」というものがあって、私はそれをひとつの理想としているんですね。

「紅旗征戎吾が事に非ず(こうきせいじゅうわがことにあらず)」とは・・・戦争や騒乱が起こったとしても、自分は文学者であるから関係のないことである、ということ。転じて、世の中が混乱しても右往左往せず、冷静に自分の使命を全うする、ということの例え。

 

花柳 綱仁さん

常々、それを理想としていたので、ちょっと大げさになってしまうかもしれませんが、このように世の中が混乱した時こそ、後世にものを残すとか、文化の火を絶やさないことが大事だと考えています。

その言葉通り、綱仁さんはコロナ禍であっても舞踊会を続けてこられています。2020年10月には国立文学劇場でご自身の会である「花仁会」、11月には三輪貴宝さんの「三輪流舞踊公演」に出演されています。2021年2月には「日本舞踊と平家物語の夕べ」を公演予定です。

古典の手法で新しいものをつくりたい

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うめざわ

これからやってみたいことはありますか?

 

花柳 綱仁さん

古典作品の手法を使って、新しいものを作っていきたいですね。

また藤原定家の話になりますが、古い手法を取り入れて新しいものを作るというのが、彼の手法なんですね。言葉は古いものを、心は新しいものを、という。

 
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うめざわ

その中で、これは取り組むと、決めていることはありますか?

 

花柳 綱仁さん

文学作品と舞踊を組み合わせたものを作りたいですね。例えばフランス文学などは、源氏物語と近い世界観があるんですね。代表的には「クレーヴの奥方」とか、そういうものをいつか手がけてみたいですね。

近現代の文学にも興味があります。日本舞踊はセリフではなく、動きで見せます。歌舞伎の様式美では成立しえないものを日本舞踊で表現してみたいですね。

美しい日本語に寄り添うのが日本舞踊の魅力

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うめざわ

最後になりますが、演劇の世界も見てこられた綱仁さんにとって、日本舞踊ならではの魅力はなんですか?

 

花柳 綱仁さん

「美しい日本語に寄り添っているところ」だと思います。

日本舞踊は言葉を動きで表します。日本舞踊の古典作品の中には内容が卑俗なものもありますが、見ていて美しいと感じられます。言葉と美しい動きが合わさって表現されているからです。

日本文化の一番古いものとして雅楽があります。雅楽に始まって、いろんなものを経て、いろんなものを吸収しつつ生まれたのが日本舞踊ですから、ここには日本人の美意識が詰まっているんだと思います。

 
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うめざわ

ありがとうございます。

これから綱仁さんの活動や、作り出す作品が楽しみです!