清元「落人(おちうど)」歌詞と解説

清元「落人(おちうど)」歌詞と解説

日本舞踊で人気の清元「落人(おちうど)」の歌詞と解説です。

道行旅路の花聟 歌川国貞(勘平:市川海老蔵 お軽:尾上梅幸)

清元「落人(おちうど)」解説

清元「落人(おちうど)」は、別名、道行旅路の花聟(みちゆきたびじのはなむこ)」ともいい、歌舞伎「仮名手本忠臣蔵」に登場する、「お軽と勘平」二人の物語をクローズアップした演目です。

見どころ

忠臣蔵の中心となる、主人の刃傷事件という大事件がむしろサイドストーリーとなり、女性として幸せを求めるお軽と、忠義と恋に揺れる勘平の心の葛藤の対比が、この演目の見所です。

仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)とは

三代豊国 忠雄義臣録

忠臣蔵の物語は江戸時代に実際に起こった仇討ち事件です。赤穂藩主、浅野内匠頭(あさのたくみのかみ)が、江戸城松の廊下で、吉良上野介(きらこうずけのすけ)に斬りかかった罪で切腹させられます。その後、家臣の大石内蔵助以下47人が本所(現在の東京・両国)の吉良邸に討ち入り、見事、主人の仇討ちを果たすという話です。

忠臣藏・夜討 歌川広重

これが「仮名手本忠臣蔵」という歌舞伎になると、大ヒット。現在でも人気の演目となっています。

長いお話なので、人物を整理しておきます

作中には登場しない重要人物

塩冶判官(えんやはんがん)/勘平の主人。モデルは浅野内匠頭
高師直(こうのもろのう)/鷺坂伴内の主人。モデルは吉良上野介

主人公

勘平/塩冶判官の家来
お軽/塩冶判官の奥方・かほよ御前の腰元

勘平たちの敵役

鷺坂伴内(さぎさかばんない)/高師直の部下。お軽に横恋慕しています。
花四天(はなよてん)/鷺坂伴内の家来。花四天は人名ではなく、歌舞伎に登場する兵士や捕り手の一般的な呼び方です。「四天」と呼ばれる衣装を着け、花槍を持つことからそう呼ばれています。

お軽と寛平はどんな人物?

勘平は塩冶判官(モデルは浅野内匠頭)の家来、お軽は塩冶判官の奥方の腰元(お手伝いのようなもの)、です。二人は恋人同士です。

なぜ「落人」なのか?

「落人」とは「落ちていく人」、つまり、逃げていく人を表し、戦いに敗れて逃げのびる人、などに使います。この物語では、お軽と勘平が、鎌倉からお軽の実家の京都・山崎へ行人」と名付けられています。

また別名の「道行旅路の花聟」の「道行」にも、ある地点からある地点く旅立ちが描かれることから、「落へ移動する、という意味があります。

それでは、なぜ二人は京都へ行くことになったのでしょうか。

お軽との逢引きで主人の切腹に立ち会うことができなかった勘平

旅路の花聟 歌川豊国

お軽と勘平は恋人同士。ある日、二人は戸塚へ逢引き(デート)に出かけています。そんなとき、なんと主人の塩冶判官が切腹になってしまったという知らせが届きます。主人の一大事に立ち会えなかった勘平は、不忠を悔み、切腹しようとします。

しかしお軽は、「あなたが死んだら私も死ぬ。しかしそうすれば二人心中だと世間の笑われ者になります。いったん私の実家の山崎へ行って、折を見てお詫びをしましょう」と勘平を説得します。

普通の幸せがほしかったお軽

お軽は、勘平が今辛い思いをしているのも。みんな私のせいだと詫び、人目のない田舎で、機織りなどをして寄り添って暮らしたい、と勘平に話します。お軽は鎌倉を離れ田舎に暮らしても、勘平と暮らせれば幸せだと考えていたのです。

ちなみに、実際の刃傷事件の舞台は江戸ですが、歌舞伎では時代設定を変え、鎌倉時代ということになっており、当時幕府のあった鎌倉が舞台の中心になっています。

お軽に横恋慕する、鷺坂伴内の登場

早の勘平 鷺坂伴内 こし元おかる(歌川国貞)

お軽とともに京都・山崎へ行くことを決心した勘平ですが、そこへお軽に横恋慕する、鷺坂伴内が家来の花四天を連れて登場します。鷺坂伴内は、塩冶判官の敵、高師直(こうのもろのう。モデルは吉良上野介)の部下です。

鷺坂伴内は無礼にも、塩冶判官の事件のことを得意げに語り、お軽を連れ去ろうとします。勘平と大立ち回りになりますが、勘平は見事、鷺坂伴内と花四天を返り討ちにします。

二人での生活に想いをはせるお軽と、主家の行く末を案じる勘平

飛び行く二羽の烏をみて、早く夫婦二人、仲良く暮らしたいと願うお軽と寛平。山崎へ長旅に備え、お軽は勘平の身支度を整えます。そんなとき、ふと我にかえり、自分の不忠を悔む勘平と、それをなだめるお軽。この演目、最大の見せ場で幕となります。

勘平は武士として、主人への忠義を果たせなかった、本当は切腹してしかるべきなんだ、という思いが常に付きまとっています。

一方のお軽は、勘平の気持ちに理解を示しつつも、素直に、これで勘平と幸せになれると嬉しさを噛みしめています。男女の重なる想いと、一方で葛藤し揺れ動く寛平の心を描いたところが、この物語の人気の秘密なのでしょう。

清元「落人(おちうど)」歌詞

落人も
見るかや野辺に若草の
すすき尾花はなけれども
世を忍び路の旅衣
着つつ馴れにし振袖も
どこやら知れる人目をば
かくせど色香 梅が花
散りてもあとの花のなか
いつか故郷へ
帰る雁
まだはだ寒き春風に
柳のみやこ後に見て
気も戸塚はと吉田橋

墨絵の筆に夜の富士
よそめにそれと影くらき
鳥のねぐらをたどり来る

(勘平)鎌倉を出でてようようと、此処は戸塚の山中、石高道で足は痛みはせぬかや
(お軽)何のまァそれよりはまだ行先が思はれて
(勘平)オ、そうであろう、昼は人目をはばかる故
(お軽)幸いここの松かげで
(勘平)暫しがうちの足休め
(お軽)ほんにそれがよかろうわいな

何もわけ無きうさはらし
憂きが中にも旅の空
初ほととぎす明け近く

色で逢いしも昨日今日
かたい屋敷の御奉公
あの奥様のお使いが
二人が塩谷の御家来で
その悪縁か白猿に
よう似た顔の錦絵の

こんな縁しが唐紙の
おしのつがいの楽しみに
泊り泊りの旅籠屋で
ほんの旅寝の仮枕
嬉しい仲じゃ
ないかいな

空定めなき花曇り
暗きこの身のくり言は
恋に心を奪われて
お家の大事と聞いたとき
重きこの身の罪科と
かこち涙に目もうるむ

(勘平)よくよく思へば後先のわきまえもなく、此処迄は来たれども、主君の大事をよそにして、この勘平はしょせん生きては居られぬ身の上、其方は言わば女子の事、死後の弔ひ頼むぞや、お軽さらばぢゃ
(お軽)アレまたその様な事言わしゃんすか、私故にお前の不忠、それがすまぬと死なしゃんしたら、わたしも死ぬるその時は、アレ二人心中ぢゃと、誰がお前を褒めますぞえ、サ、ここの道理を聞き分て、一先ず私が在所へ来て下さんせ、父(とと)さんも母(かか)さんも、それはそれは頼もしいお方、もうこうなったが因果ぢゃと諦めて、ちっとは女房の言う事も聞いてくれたがよいわいな。

それ其時のうろたへ者には誰がした
みんなわたしがこころから
死ぬるその身を
長らえて
思い直して親里へ
連れて夫婦が身を忍び
野暮な田舎の
暮しには
機も織り候 賃仕事
常の女子と言われても
取乱したる真実が
やがて届いて山崎の
ほんに私が ある故に
今のお前の憂き難儀
堪忍してとばかりにて
人目なければ寄り添うて
言葉に色をや含むらん

(勘平)成程聞き届けた、それ程迄に思うて呉れるそちが親切、一先ず立ち越え時節を待ってお詫びせん
(お軽)そんなら聞き届けて下さんすか
(勘平)サ仕度しやれ
(お軽)アーイ
身ごしらえするその所へ

(伴内)ヤア ヤア勘平、うぬが主人の塩谷判官高貞と、おらが旦那の師直公と、何か殿中で、べっちゃくちゃ くっちゃくちゃと話合するその中に、ちいちゃ刀をチョイと抜いて、チョイと斬った科によって、屋敷は閉門、網乗物にてエッサッサ、エッサッサ、エッサエッサエッサッサとほかしてしもうた サアこれ烏鶉鷭、お鴨をこっちへ、鳩鷺葭切、ひわだ雁だと孔雀が最後とっ捕めえちゃ ひっ捕めちゃ やりあしょねえが、返答はサァサァ、サッサササ・・・勘平返事は丹頂丹頂

丹頂丹頂と呼ばわったり
勘平フフッと噴き出だし

(勘平)よい所え鷺坂伴内、おのれ一羽で食い足らねど、勘平が腕の細ねぶか、料理あんばい喰うて見よ
大手を拡げて立ったりける
(伴内)エ、七面鳥なもちで捕れ
(花四天)ドッコイ
さくらさくらという名に惚れて
どっこいやらぬは
そりゃ何故に
所詮お手には入らぬが花よ
そりゃこそ見たばかり
それでは色にはならぬぞへ
桃か桃かと色香に惚れて
どっこいやらぬは
そりゃ何故に
所詮ままにはならぬが風よ
そりゃこそ他愛ない
それでは色にはならぬぞへ

(お軽)こやつ殺さばお詫びの邪魔、もうよいわいナ
(伴内)ヘェヘェもうよいわいナ
口のへらない鷺坂は
腰を抱えてこそこそと
命からがら逃げてゆく

(勘平)彼を殺さば不忠の上に重なる罪科、もはや明け方
(お軽)アレ山の端の
(勘平)東がしらむ
(勘平・お軽)横雲に
塒(ねぐら)を離れ鳴くからす
かわい 可愛いの女夫づれ
先は急げど心はあとへ
お家の安否如何ぞと
案じゆくこそ道理なれ

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