好奇心を起点に、着物文化を切り開く!|元山 誠也(巧流-call- )
梅澤
九州の伝統ある和裁の家系に生まれるも、一度は夢であった美容師を目指して東京へ。しかし、祖父が設立した和裁学院の閉校や、家業を継いでいた兄・巧大さんが和裁を辞めたことをきっかけに「和裁業界を牽引してきた元山家が和裁から手を引いたら、和裁そのものが危うい」と一念発起。
巧大さんと「巧流-call-」を設立し、バーやサロン、サウナなど様々な切り口から、現代の日常に合わせた着物文化を新たに創造しています。
着物には全く興味がなかったという誠也さんが和裁を継いだ想いや、様々な新規事業のアイディアの発想の源、さらには未来の和裁士を育てる構想についても伺いました。
元山 誠也 プロフィール
長崎の伝統ある和裁士の家系に生まれる。祖父は全国和裁着装団体連合会13代会長に就任するなど、和裁の進歩に大きく貢献をしてきた人物。九州で4校も設立した着物縫製会社兼和裁士訓練校である和裁学院の閉校をきっかけに、美容師を辞め、兄の巧大さんとともに巧流-call-を設立。Youtuber「元山兄弟」としても活躍中(元山兄弟の着物がある暮らし)。元山誠也さん(左)/兄の元山巧大さん(右)
巧流-call- とは
日本の職人である和裁士による完全国内縫製のフルオーダーの着物を仕立てる。初心者でも1分で着られ着崩れしないなど、ラクに楽しく着られるアイディアが詰まった着物を展開します。新宿御苑には着物と飲食を融合したカフェ&バー「dining bar call 新宿御苑」をオープン。クラウドファンディングを使って富士山麓にサウナ×着物を実現した新しい形のサウナ「Luont SAUNA FUJI」を開業するなど、新しい着物の文化を創り出しています。
和裁と家族の絆を守りたい
▲カフェ&バー「dining bar call 新宿御苑」にて
-上京して美容師として働いていた誠也さんが、和裁を継ぐと決めたのはどうしてですか?
誠也さん
和裁士を継いでいた兄が、それを辞めたことが一番のきっかけになりましたね。僕は元々着物に興味がなかったので、それまで兄に任せっきりでした。
丁度そのころ、親の離婚などいろんな問題があり、和裁をちゃんと受け継がないと家族がバラバラになってしまう、元山家の絆という意味でも、和裁を繋いでいきたい、という思いでした。
誠也さんは、お兄様が和裁を辞めたと聞き、すぐに実家へ帰り、お父様とお兄様に、和裁業界へ挑戦することを伝えました。最初は反対されましたが、誠也さんの強い思いと説得で、お父様とお兄様も納得されたそうです。
元々は着物や和裁に全く興味がなかった誠也さんですが、覚悟を決めた後、家の歴史や着物について猛勉強し、元山家が和裁業界を大きく牽引してきたことを知ります。あらためて、絶対にやらなければと和裁事業立ち上げを強く決心します。
人生の転機をきっかけに、和裁と着物をとらえなおした
▲巧流-call-は、1分で着られる着崩れない、和裁士による完全国内縫製 フルオーダーの着物を提供(コレクション)
-和裁を継ぐと決めた時、誠也さんには事業のアイディアはあったのでしょうか?
誠也さん
いえ、ただ和裁を復興したいという決心しかなかったですね。
起業するまでの一年間で着物について勉強し、実際に着物を着ていろいろなところに行ってみて感じたのが「着物って大変だな」ということ。もっと気軽に着られる着物を作って、着物の在り方自体から見つめ直す必要があるな、と思いました。
-月に一回でも、習慣になって着ていればそれが日常、という言葉を拝見しました。すごくいい捉え方ですよね。着物を普段着にしようという運動がありますが、ほとんどの人には難しいと思います。
誠也さん
着物業界の人は、着物の普及を、洋服への対抗と捉えがちです。でも、洋服の代わりに毎日着物を着ることを目指すのではなく、「あの人と会うから今日は着物で行こう」みたいに、気持ちを入れて着ることができる特別な日の装いでもいいと思います。
-誠也さんご自身で着物を着たり、歴史を理解したからこそ出てくる発想ですね。
洋服の着やすさや動きやすさ、といった利便性を理解した上で、新しい着物の日常のあり方を切り開く。毎日着なくてもいい、にわかでもいい。着物をよりカジュアルに、入口を広げたその先で、着物の良さを体験してもらいたい、という想いが様々な事業にも繋がります。
新規事業は全て「好き」から。必要なのは物ではなくコトの提供
▲”湧き水と森林浴でととのうLuont SAUNA FUJIを開業し、着物サウナガウンを提供。「サウナ×着物」を実現した
-カフェやバー、サウナと、すごく面白い事業を展開されています。そういった発想はどうやって得ているのですか?
誠也さん
僕たちは好奇心がすごく強くて、新規事業も基本的に、僕たちの興味から生まれています。
「着物をこういう風にしたい」ではなくて、「サウナをやりたい!じゃあどうやって着物に繋げようか」という発想なんです。
-まず「コト」を見つけるという意識なんですね。そのきっかけが、ご自身の興味関心であると。
誠也さん
まずコトがあって、それに着物がついてきます。茶道があるから着物を着る、華道をやるから着物を着るというように。しかし、日本舞踊もそうだと思うんですけど、日常とは距離があって、入り口のハードルが高いと思うんですよね。
もっと日常的な、それこそ食事やお酒、サウナがきっかけで行ってみたら、その結果、「ここには着物があるんだ」という場所を作っていく必要があるなと思ってます。
好きなことや興味から逆の発想で着物に繋げていくのが元山兄弟のスタイル。自分たちが本気で取り組める好きなことが、新規事業のアイディアに繋がっています。
やりたいことは言葉にして切り開く!失敗は次のための学習材料
▲2022年には海外のクラウドファンディングにも挑戦。「職人の手作り」というこだわりが共感を呼んでいる
-好きなことから発想するといっても、それを事業化まで持っていくことは、誰にでも出来ることではないと思います。なぜ元山兄弟は出来たのでしょうか?
誠也さん
やりたいことがある時に、自分はこれがやりたい!と、会う人会う人に伝えるんです。そうすると、いろいろな人が助けてくれるんですよ。
サウナ「Luont SAUNA FUJI」も、私たちの話を聞いたバーのお客様に助けていただいています。
-自分の「好き」にしっかりフォーカスし、やりたいことを言葉にして人に伝えることで、応援してくれる人が現れるんですね。一方で、失敗したら恥ずかしい、と人に言いづらい方もいます。
誠也さん
たしかに、失敗に対するブロックが強すぎると、言葉にしにくいと思います。そういうときは、失敗って次のための材料だよね、という意識を持ってみてはどうでしょうか。それができれば、あとは何でもできるんじゃないかなと思います。
和裁師の未来は。デザイナー兼 職人!
▲お父様の元山巧さん。和裁士の技術を脈々と伝えている(今を生きる職人 −和裁士という手仕事−より)
-未来の和裁士を育てるために、和裁の学校を作る計画があると伺いました。
誠也さん
学校に関してはまだ構想の段階なんですが、そこでは、今までの和裁士というあり方を踏襲するだけでは全く意味がないし、和裁も続いていかないと思っています。
和裁の仕事を、機械ではなく、職人がやる意味は、職人自身が、好奇心をもって新しいものを発見出来ることにあると思うんです。ただ縫うだけじゃなくて、和裁士が新しい着物を発想して作る。デザイナーを兼ねる職人を作っていきたいなと思っています。
-技術を学ぶだけではなくて、自分で新しいデザインを考える力もなんですね。
誠也さん
もの作りって、それだけでも楽しいことなんですけど、技術の向上だけではなく、使った人の喜びを聞ける楽しみが掛け算された方が、もっともっと楽しくなると思うんです。より面白いものを作ってみよう、というモチベーションや好奇心が生まれれば、着物はもっと進化していくと思います。
-逆に言うと、お客様の新しいニーズを汲み取って、職人さんたちに伝えていくのが、今の着物業界の構造だと難しいということでしょうか。
誠也さん
そうですね、今の着物屋さんの中には「着物はこうでないといけない」という固定概念や、にわかを否定する傾向が強い方もいらっしゃいます。初心者の人がちょっと間違っていても、「可愛いね」「かっこいいね」ってもっとカジュアルに接することが、お客様の素直な声を聞くことにもつながるのかなと思っています。
-日本舞踊にも同じ構造があるように感じます。もっと着物を自由に考えて、もっと着物で遊んでもいいんだ、くらいの空気感が入ってくるとすごくいいですよね。
着物のある空間で盛り上がりませんか?
▲カフェ&バー「dining bar call 新宿御苑」2F
-最後に、これを読んでいる日本舞踊の先生方に、PRされたいことはありますか?
誠也さん
dining bar call 新宿御苑の2階は20名ほどが入る座敷になっています。先生同士のオフ会などでご利用いただければ、着物のある空間で、楽しく盛り上がれるのではないかと思います。
ランチタイムは11:30~15:00、バータイムは17:00~27:00まで営業されています。ぜひ足をお運びください!
伝統にとらわれ過ぎず、着物の新たな在り方を創り出す
梅澤
巧流-call-の元山誠也さんにお話しを伺いました。
これまでの着物業界の内部から考えるのではなく、「バー」「サウナ」といった外部から着物を生かす方法を考え、そしてそこに確かな熱量があること。これが元山兄弟の活動の独自性であり、応援者が増えている理由なのだ、と思いました。
全ての人のものであった着物は、「普段着」としての地位を失ってから、趣味品、高級品として生き残りを図ってきました。結果、着物は大衆の手から離れ、ごく限られた一部の人だけが楽しむものとなりました。
元山兄弟の試みは、完全に普段着でもなく、また、一部の趣味人のものでもない、新しいポジションを、しかも大衆的な視点から獲得しようとしているように見えます。日本舞踊も学ぶことが多そうです。これからも元山兄弟に注目です!
元山 誠也 さん情報
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