四季を楽しむ感性を育む和のお稽古サロン|藤間さくら女(東京都北区王子)
東京都北区王子本町で「和のお稽古サロン」を運営する藤間さくら女さんを取材した。
JR王子駅北口を出ると、水路の石垣と、その奥の青々とした緑が目に入る。
水路は、小金井に水源を発する石神井川(地元では音無川とも)の一部で、王子駅の地下をくぐり、1kmほど先で隅田川へ合流する。緑は水路に沿って整備された音無親水公園の緑道で、右手には王子神社、左手には122号線を挟んで、渋沢栄一の邸宅があった飛鳥山公園がある。商業ビルやマンションが立ち並びやや雑然とした印象の東側とは違い、しっとりと落ち着いた雰囲気だ。
このあたりは江戸四宿の一つ板橋宿が近く、古くは参勤交代の休息地として、また桜の名所 飛鳥山を有する行楽地として賑わった。かつて石神井川の両岸に立ち並んでいた料亭からは人々の談笑と三味線が聞こえ、その情景は広重が浮世絵に描くほどだった。いまは料亭はなくなってしまったが、江戸時代から続く元料亭「扇屋」が小さな玉子焼きの店舗を営業し、老舗の味を守り続けている。
さくら女さんの「和のお稽古サロン」は、緑道を抜け王子新道を板橋方面に進み、紅葉橋通りの緩やかな坂を上がった住宅街にある。
日本舞踊との出会い
藤間さくら女さんは4歳の時、藤間寿弘氏の元、日本舞踊を始めた。
自らも日本舞踊を嗜まれていた粋なお父様の勧めだった。踊りのお師匠さんの実家は、前述の「扇屋」。まだ料亭として営業していた扇屋に週2回、稽古に通う日々は楽しく、他の習い事は辞めても日本舞踊だけは大学卒業まで途切れず続けた。
お正月などは門下生が扇屋の広間に一堂に会し、落語や獅子舞、かっぽれなど江戸の伝統芸能を賑やかに楽しんだという。
仕事に専念、再び日本舞踊に
大学を卒業して司会業に就かれたさくら女さんは、イベント司会のために日本全国を飛び回る多忙な毎日を過ごすことになり、日本舞踊からも遠ざかる。
スーツケースの中身を入れ替えるためだけに家へ帰るような激務に気持ちをすり減らす中、「自分がやりたくて、ずっと続けられるものはなんだろう」と自問するように。やがて「本当にやりたくて、しかも人になくて自分にあるものは、日本舞踊だ。これを生かそう」と思うようになった。
そして日本舞踊を仕事にするべく、約6年ぶりに稽古を再開し、師範免許を取得、今の稽古場を開業する。
教わる人の気持ちに寄り添いたい
指導者として意識していることは、との質問に「教わる人の気持ちに寄り添いたい」とさくらめ女さんは語る。そのために「信頼関係を築く」ことを大切にしている。さくら女さんの稽古場に多く通う、子どものお弟子さんは特にそうなのだと言う。
お弟子さんによって、さらに、同じお弟子さんでもその時々によって異なる気持ちを汲み取り寄り添うことで、引っ張る、背中を押す、並走する…など指導者としての関わり方が変わる。その前提となるのが「信頼関係」だ。
さくら女さんは「子どもであっても、時には厳しい言い方をしなければならないときがあります」と言う。しかし一方で、今の子どもは厳しい指導に慣れていない。そんな子どもも、稽古を続けることで少しずつ変わっていくという。特に大きな変化を見せるのが発表会だそうだ。一度発表会を経験して、これまでの稽古が形になり、家族からも褒められ、達成を感じると、その子にスイッチが入る。一度スイッチが入れば、厳しい指導も、やりがいのある稽古に変わっていくのだ。
「信頼関係に基づいた適切な指導」と言葉にすればシンプルだが、その見極めはお弟子さんのことを常によく見、気持ちに寄り添うことで、はじめてできると言えるだろう。
様々な切り口で日本舞踊に触れる機会を
稽古場は「四季を楽しむ和のお稽古サロン」をコンセプトに掲げ、日本舞踊の稽古の他に、ひな祭りや花見、七夕など、四季を楽しむイベントを開催している。
「稽古場」ではなく「サロン」とされたのにはどのような想いがあるのだろうか。
まず活動の中心である日本舞踊の魅力を伺った。
さくら女さんが感じる古典日本舞踊の魅力は大きく2つ「総合芸術であること」そして「舞台経験から多くを学べること」。
日本舞踊は舞踊家だけでなく、地方さんと言われる演奏の方々、大道具、小道具、衣裳、かつら、顔師さんとそれぞれのプロフェッショナルと共に作り上げる総合芸術だ。そして、そんな日本舞踊の舞台に主役として立つということは、さくら女さんご自身の経験からも、心を強くし、度胸をつけ、上手く行った時の達成感、また失敗した時の反省も大きな学びになる。
しかし、日本舞踊に馴染みがない人も増える中、そんな日本舞踊の魅力も伝わりにくいものとなっている。
そこで「四季を楽しむ和のお稽古サロン」では、季節ごとに着物を着て出かけたり、抹茶をいただいたり、食事を楽しんだりといったイベントを行うことで、日本の伝統文化に親しみ、感性を育み、自然に日本舞踊にも触れられるようにしている。
今後は地元の古民家の協力を得、着物で日本酒を楽しむ唎酒の会なども企画している。
町の稽古場は稽古を行うだけの場所ではなく、子供から大人まで集まって交流する場でもあった。談笑と三味線の音色が聞こえていた石神井川の料亭の面影は今はないが、王子には伝統文化を楽しむ人の笑顔と三味線の音は途切れることなく続いているようだ。
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