上方舞ってなに?特徴や歴史、代表的な演目・流派を解説
上方舞(かみがたまい)について解説します。
上方舞とは、文字通り、上方(京都大阪を中心とする関西地方)で発達した舞踊です。地唄舞、京舞などの呼び方もありますが、この記事では「上方舞」に統一します。そのあたりの呼び分けについても解説します。
一般的に「日本舞踊」というと、歌舞伎の影響を強く受けた「歌舞伎舞踊」の方をさすことが多いのですが、「上方舞」は「能」と、「花街のお座敷文化」の影響を強く受けて発展しており、歌舞伎の影響は部分的にとどまります。
上記の理由から、上方舞は大がかりな舞台装置や衣裳を使用せず、基本的には素踊り形式で、屏風の前で静かに踊られ(舞われ)ます。京都の芸舞妓さんをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
この記事では、そんな上方舞について、歴史的な背景、種類、主な流派など、詳しく解説します。
この記事の内容
・上方舞の特徴・舞と踊りの違い
・上方舞は、なぜ「お座敷」で発展したのか?
・なぜ「能」の影響が強いのか?
・上方舞?地唄舞?京舞?呼び方をキレイに整理します
・上方舞4つの種類分け
・上方舞の主な流派6つ
・まとめ
上方舞の特徴
「上方の舞」と「江戸の踊り」
上方舞の特徴を表す言葉として、「上方の舞」と「江戸の踊り」とよく言われます。
「舞」とは、地面と平行にすり足での旋回運動を主とし、「踊り」は地面に垂直に躍動的な跳躍運動を主とする、と一般的には解説されます。
上方では、あとにも詳しく解説しますが、能とお座敷文化の影響を強く受けているため「舞」として発展した、ということです。
ここからさらに踏み込んで、
「(肉体を)『心』のきびしい統轄下に動く、これが舞であり、『心』がその管理をゆるめて、肉体を解放してやれば、『踊り』となるのである」(小山観翁『古典芸能の基礎知識』)
のように、「心と身体のあり方・バランス」の違いとして捉える見方もあります。
例えば、神崎流 二世家元の神崎ひでさんは、地唄舞(上方舞)について、このように述べておられます。
「月が出ています。それを見ている人がいます。そのような時に、その、見ている人になりきるのは地唄舞ではない。見ているその人を、わたしは、舞います、ということ。それが地唄舞でございます。」
「役」に扮するのが前提の歌舞伎舞踊とは違い、あくまでも役を演じる身体を、舞手の心の統制の元に置く姿勢がここから感じられ、単なる「旋回と跳躍」という技法的な違いにとどまらない、「上方舞」の特徴を表していると言えます。
もちろん、実際には「舞と踊り」「心と身体のあり方・バランス」というものは、ハッキリここから分かれます、というものではなく、そこに舞踊家の個性も相まってグラデーションになっているのだと捉えればよいのではないでしょうか。
上方舞は、なぜ「お座敷」で発展したのか?
さて、上方舞の特徴の一つは「座敷舞」であることです。お座敷で踊るため、広い舞台を飛んだり跳ねたり、というよりは畳の上で、しずしずと舞うイメージが近いです。
京都の花街では芸舞妓さんたちがこの「座敷舞」でお客さんをもてなすわけですが、なぜ「座敷舞」なのでしょうか。それは、「上方」という場所が深く関係しています。
武士をお座敷でもてなしたから?
堂島 米市の図
上方舞が「座敷舞」として発達したのは、大坂の米商人が、武士を座敷で接待したことに端を発します。
江戸時代、貨幣の基準は「米」でした。大名は「年貢米」を集めると、藩の役人を、大坂の船場などへ派遣して、年貢米を米商人と交渉して貨幣に換金します。
大名からすると、米商人と良い取引をすることが藩の財政を支えることになりますし、商人にしてもお武家様はお得意様なので、お互いに仲良くしようということになります。
商人が藩の役人を接待(おもてなし)するにあたり、宴席が設けられるわけですが、ただ食事をしてお酒を飲むだけでは味気ない。そこで「ひとつ舞でもご覧になりますか」となり、そこに「座敷舞」の需要が生まれたというわけです。
「能」の影響が強いのは地方出身者への配慮?
では、なぜ華やかな宴会の席にも関わらず、「能」の影響が色濃く、格調高い静かな舞のスタイルになったのでしょうか。それは大坂にやってくる武士たちについてもう少し詳しく考えると見えてきます。
年貢の取引に訪れるのは、芝居や芸事に親しみのある、都市部の藩の役人だけではありません。
地方出身の、言葉は悪いですが「田舎風で野暮な」武士も多くいました。そのような地方の藩の役人に対して宴会の席を盛り上げるのは至難の業です。ヘンに粋がったりすると、「この無礼者ッ!」となりかねません。
そこで商人たちが思い当たったのが「能」です。「能」は徳川家に保護され、江戸時代の武士たちは好むと好まざるにかかわらず、能をたしなみとして身に着けています。
そこで、能の演目を舞に取り入れることで、武士の趣味との調和を図ったのです。今日も名曲として名高い「葵の上」「山姥(やまんば)」「鉄輪(かなわ)」など、能から生まれた演目の数々は、このような歴史的背景を受けて生まれ、現在まで受け継がれているのです。
*上方舞の起源については諸説あります
上方舞?地唄舞?京舞?呼び方を整理します
「上方舞」以外にも、「地唄舞」「地歌舞」「京舞」「座敷舞」などの言い方も聞いたことはありませんか?これからの呼び方を整理しておきたいと思います。
上方舞(かみがたまい)
最も包括的な呼び方。「上方」つまり京都大阪を中心とした関西地方の舞、という意味。
地唄舞、地歌舞(じうたまい)
上方舞とほぼ同義で使われます。
「地歌」とは、上方で発達した三味線音楽のことで、言葉自体は明治時代に、江戸に対して地のもの(=地方のもの。地酒などと同じ用法)という意味で「地歌」とされました。
「地歌」も「地唄」も同じ意味ですが、上方では「地歌」の方がよく使われます。
京舞(きょうまい)
とくに京都で成立した舞をさして「京舞」といいます。篠塚流、井上流が代表的な流派です。
座敷舞(ざしきまい)
座敷で座興に舞われる舞のことですが、これも上方舞と同義で使われることが多いです。
上方舞の4つ種類分けと代表的な演目
上方舞は、能の影響が強いとはいえ、演目はそれだけではありません。ここでは上方舞の中の、いくつかの種類と代表的な演目を見ていきましょう。
本行物(ほんぎょうもの)
能から移したもの。格調高く、重厚味のある作品。
代表作
・葵の上(あおいのうえ)・・・能楽「葵上」から
・鉄輪(かなわ)・・・能楽「鉄輪」から
・善知鳥(うとう)・・・能楽「善知鳥(烏頭)」から
・珠取海人(たまとりあま)・・・能楽「海人(海士)」から など
艶物(つやもの)
女舞の色っぽい情緒のある作品。
代表作
・雪
・こすの戸
・愚痴
・茶音頭 など
歌舞伎舞踊を取り入れたもの
歌舞伎舞踊を上方舞に移した作品。長唄・浄瑠璃作品をそのまま舞うものと、地唄に移し替えたものがあります。
代表作
・鷺娘
・お七
・信田妻
・鐘が岬 など
作物(さくもの)
軽妙でしゃれた味のある、おどけた作品。端唄、上方唄に多い。
代表作
・荒れ鼠
・都十二月
・浪花十二月
・三国一 など
上方舞の主な流派6つ
上方舞には多くの流派がありますが、ここでは代表的とされる、いくつかの流派を紹介します。
井上流
上方舞四流のうちのひとつ。現在、京舞の代名詞ともなっている井上流は、始祖の井上サトが、公家の近衛家から「八千代」の名と「近衛菱」の紋をもらって一流を立てたのが始まりです。
三代目・井上八千代がはじめた「都をどり」や、京都五花街(ごかがい)の一つ「祇園甲部」で舞の教授を行っていることでも知られています。四世~五世(現家元)・井上八千代が人間国宝に認定。
山村流
上方舞四流のうちのひとつ。大阪を中心に花柳界や一般家庭に舞踊を深く浸透させた功績を持っています。
歴史は古く、文化3年(1806年)、三世・中村歌右衛門に歌舞伎の振付師としての才能を認められた山村友五郎が創流しました。
楳茂都(うめもと)流
上方舞四流のうちのひとつ。始祖の初代・楳茂都扇性(せんしょう)は、「能でも、歌舞伎でも、踊りでもない風流舞を」と創流しました。天満に咲く梅に想いを込めて「楳茂都流」と命名。
平成20年、歌舞伎役者の片岡愛之助が四代目・楳茂都扇性を襲名し家元になりました。
吉村流
上方舞四流のうちのひとつ。明治の初めに、御狂言師(おきょうげんし)とよばれた京都御所の舞指南役であった吉村ふじが創流。世襲制ではなく、実力のある内弟子が家元を継ぐという継承スタイルを取っています。
俳優の池畑慎之助(ピーター)さんの父としても知られる、四世家元の吉村雄輝(ゆうき)が戦後の吉村流の発展に尽力、功績が評価され、人間国宝、文化功労章を受賞しています。現在は吉村輝之が七世家元に就任しています。
篠塚流
振付師であった初代・篠塚文三郎が創流。
山村流と同じく、三世・中村歌右衛門に、高い歌舞伎の振付の才を認められて、篠塚流を立ち上げました。その特徴は「手を伸ばさばあらん限り、足を伸ばすのなら伸びる限り」であったといいます。
三代目の時代に、井上流の「都をどり」と並び発足した「鴨川をどり」の振付を担当。しかしその後、不運が重なり、一時断絶状態となるも、弟子のひとり、島一網が五代目を襲名し、流派を再興しました。現在は六世家元・篠塚梅扇が流派を受け継いでいます。
神崎(かんざき)流
昭和10年(1935年)七代目・坂東三津五郎等の勧めにより、初代家元・神崎恵舞(えむ)が創流。東京で稽古場を開き、上方舞を東京に定着させました。二代目・神崎ひでは、山村流で学んだ武原はんと、東京での上方舞・二名手と並び称されました。
現在は、四代目・神崎えんが流派を継承しています。
まとめ
以上、上方舞について、その特徴や歴史的背景、呼び方や種類、代表的な演目と流派について解説しました。
上方舞についてもっと知りたい人は、ぜひ検索やYoutubeなどでも探してみてくださいね。
参考図書
日本舞踊ハンドブック 改訂版 藤田洋 三省堂
日本舞踊の世界 西形節子 講談社
古典芸能の基礎知識 小山観翁
日本音楽史 田中健次