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伝統という幻想。「伝統か革新か」は正しい問題設定なのか

伝統という幻想。「伝統か革新か」は正しい問題設定なのか

「伝統を守るか、革新するか」という問題設定は日本舞踊の未来を考える上で避けて通れないものだ。このブログの読者の皆さんも一度は自問したことがあるのではないだろうか。

 

しかし、ここで一度立ち止まってみてほしい。「伝統を守るか、革新するか」という、この問題設定はそもそも正しいのだろうか。

 

日本舞踊は江戸時代に発祥した。生まれて数百年経ったものは、そもそも「否応なく変化してしまっている」のではないだろうか。

エマ・マリス「自然という幻想」から考える「伝統という幻想」

いったん伝統から離れ、「自然」にまつわる話を紹介したい。

環境保護の思想で「ありのままの自然」「原初の自然」を大切にしよう、戻そうという考えは根強い。しかし実はこれらは「幻想」にすぎない、という意見がある。

 

原初の自然とは何か?環境破壊が進みCO2排出量が増えた産業革命以前か?いや、すでに人間による環境破壊とCO2増加は起きていた。日本でも江戸時代には木材が不足し、幕府による森林の管理が行われている。

 

では1,000年前か?いや、人類が生まれたときからすでに木を伐採し利用してきた歴史がある。

 

では人類誕生以前か?いや、そもそも気候が違う…という風に、「ありのままの自然・原初の自然」を定義することはできないし、仮にできたとしてそれをそのまま維持し続けることは不可能だ。

エマ・マリスは「自然という幻想」という書籍で、むしろ自然は変化するものだということを受け入れ、望ましい形にデザインしていくことが必要なのではないか、という考え方「多自然ガーデニング」を提唱している。

伝統という幻想

「自然」と「伝統」はとても似ているのではないだろうか。

 

「生まれた当時の伝統」を想定しても、それを再現することはできない。

 

日本舞踊で考えれば、まず、演じる人間の体が違う。江戸庶民の平均が男性約155~156cm,女性約143~145cmと言われているのに対し、2014年生まれの平均身長は男性では約170.0cm、女性では約158cm となることが予測されている。

 

参考:レファレンス協同データベース(https://crd.ndl.go.jp/reference/entry/index.php?id=1000013899&page=ref_view
日本人の平均身長は低下傾向―低出生体重児増加が影響している可能性あり―国立成育医療研究センター(https://www.ncchd.go.jp/press/2017/adultheight.html

 

物理的な身体だけでなく、生活習慣や価値観も違うのだから、同じ演目を日本舞踊成立当初と、数百年を経て現代人が演じるのでは、もし比較することができたなら、まるで別物になっている可能性が高い。そして芸能で忘れてはならないのが観客の存在だ。芸能が鑑賞があって初めて成立するのだと考えると、観客の受け取り方もまるで違うだろうから、やはりありのままの「伝統」とは想定しにくい。

 

エマ・マリスの考え方に従えば、「伝統とは幻想である。むしろ伝統は変化するものだということを受け入れ、望ましい形にデザインしていくことが必要なのではないか」と言えないだろうか。

本当に問うべき問いとは

まとめると、「伝統を守る-革新する」「伝統か革新か」の二者択一ではなく、変化を前提とし「どのような革新を選ぶか」「伝統を未来に向かってどうデザインするか」という問いこそが問うべき問いであり、この問いによって伝統を無限の可能性に開くことができるだと私は考えている。