日本舞踊「飛梅の賦」ゆかりの国立市・谷保天満宮。東京で見られる飛梅伝説

日本舞踊「飛梅の賦」ゆかりの国立市・谷保天満宮。東京で見られる飛梅伝説

日本舞踊でお馴染み、小唄「飛梅の賦(とびうめのふ)」。大宰府に左遷された菅原道真を追って、京の都から大宰府まで飛んでいった「飛梅伝説」を題材にした小唄です。

「飛梅」は九州の大宰府天満宮にあるのですが、実は東京でも「飛梅」を見ることができます。そこは、国立市谷保にある「谷保天満宮(やぼてんまんぐう)」です。

この記事では、東京で見られる「飛梅伝説」として、谷保天満宮と飛梅をご紹介したいと思います。

参考記事:小唄「飛梅の賦(とびうめのふ)」歌詞と解説

谷保天満宮について

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まず、谷保天満宮についてご紹介します。

場所・アクセス

住所:東京都国立市谷保5209

JR南武線谷保駅から徒歩5分

JR中央線 国立駅から京王バス中央 谷保経由府中駅行、京王電鉄バス 聖蹟桜ヶ丘駅行で、「谷保天神」下車。
京王線 府中駅から京王バス中央 谷保経由国立駅行で、「谷保天神」下車。

やほではく「やぼ」

読み方ですが「やぼ」と読みます。最寄り駅のJR南武線谷保駅は「やほ」と読みます。これは、「やぼ」が正しい読み方だったのですが、JRが駅を作るときに「やぼ=野暮」という響きを嫌い、「谷保=やほ」駅としたものです(もっとも、野暮天、という言葉は谷保天満宮から生まれたという説もあります)。現在は「やほ」のほうが定着し、「やほてんまんぐう」と呼ぶ人も多いですが、「やぼてんまんぐう」が正式名称です(ちなみに私は学生時代国立に住んでいたのですが、つい先日まで『やほてん』と呼んでいました・・・そのくらい『やほ』が定着しています)。

由来・歴史

創建:903年(延喜3年。菅原道真が没した年)

主祭神菅原道真 あ

配祀神:菅原道武(道真の三男とされる人物)

配祀神:石土毘古神・天之日鷲命・倉稲魂命

菅原道真が大宰府に流されたとき、第三子である菅原道武も、京から遠く、武蔵国多摩郡分倍庄栗原郷(現国立市谷保)に配流させられました。903年、父の最期を知った道武が、父道真の像を自ら刻み鎮座したのが谷保天満宮の始まりとされます。

東日本の天満宮としては最も古く、湯島天神、亀戸天神と並んで「関東三大天神」と称されています(なお日本最古の天満宮は京都の生身(いきみ)天満宮)。

その歴史の長さ、菅原道真を祀っていることから合格祈願に訪れる親子がたいへん多く、受験シーズンには志望校を記した絵馬が大量に境内に飾られます。

交通安全発祥の神社

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1908年、有栖川宮威仁親王の運転する「ダラック号」が日本発のドライブツアーとされる「遠乗会」を行いました。それが所以で「交通安全発祥の地」とされるようになりました。

境内の様子

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甲州街道沿いから参道へ入ります。

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車の多い甲州街道から参道へ入ると不思議と静けさに包まれます。

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鳥居をくぐり階段を下へ。

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階段を下りると開けた場所に出ます。右側に拝殿があります。拝殿左に見える建物は宝物殿です。境内には立派なイチョウと楠(奥)があります。

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七五三の参拝に訪れる親子連れの方もたくさんいらしていました。

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合格祈願・学問成就の多くの絵馬が。右奥に見えるのは第二次世界大戦の慰霊碑です。文教地区で閑静な国立エリアですが、戦争当時が偲ばれる碑もございます。

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こちらは神楽殿です。

谷保天満宮の梅林と「飛梅」

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拝殿と反対側の敷地には梅林があります。今回訪れたのは11月だったので梅は咲いていませんが、代わりに谷保天満宮のHPから見ごろの梅林の様子を転載します。

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交通安全発祥の地 | 交通安全発祥と学業の神 谷保天満宮

さて、いよいよ、飛梅です。飛梅は宝物殿の入り口横に、参詣客を見守るようにひっそりと立っています。

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高さは3mくらいでしょうか。

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見にくいですが「この梅の木は大宰府天満宮飛梅の一枝を拝受し接木したものである」と彫ってあります。たしかに「飛梅伝説」の梅の木でした!梅もまさか京から大宰府へ行くとは思っていなかったでしょうし、さらに武蔵野国へ来るなんて想像だにしなかったでしょうね。

谷保天の「牛と鶏」

さて、無事、飛梅伝説の梅を見ることができましたが、せっかくなので、もう少しだけ谷保天満宮の紹介をしたいと思いますのでお付き合いください。

道真といえば「牛」です。谷保天満宮にも牛の像があります。

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これは道真の死後、埋葬に向かう牛車を引いていた牛が、悲しみのあまりその場から動けなくなってしまった場面を現しています。

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境内のもう一頭の牛。なでると、その場所が良くなるといわれていますね。この牛は鼻がよくなでられているようですが、花粉症の人が多かったのでしょうか?私も花粉症なので鼻をなでさせていただきました。

また、谷保天満宮の特長として、鶏が放し飼いになっていることが挙げられます。

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人に馴れているのですぐ近くまで寄ってきます。

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儀式に使う飾りの羽を取るために飼い始め、役が終わったので放し飼いになっているのだそう。餌がもらえると思って寄ってきますよ。

菅原道真と谷保天満宮

菅原道真自身はこの地になんのゆかりもなかったわけですが、自らの死後、息子によって建てられた天満宮は、1,000年以上も多くの人に愛されてきました。そして自分を追って大宰府へ来てくれた、梅の木の子どもも境内に育っています。

国立は桐朋学園や一橋大学、国立高校など学問に非常にゆかりのある地域になりました。これも何か道真の縁なのかもしれません。

以上、東京で見られる「飛梅」伝説ということで、谷保天満宮とそこにある飛梅をご紹介しました。

参考記事

小唄「飛梅の賦(とびうめのふ)」歌詞と解説 – 俺の日本舞踊

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