@710ralha
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舞踊家が個人として直面している課題について整理し、その解決方法を考えたい。

舞踊家が個人として直面している課題について整理し、その解決方法を考えたい。

舞踊家が個人として直面している課題について整理し、その解決方法を考えたい。

 

課題が多いといわれる業界だが、やみくもに目の前の問題に対処するだけでは真の課題解決にはつながらない。課題を整理しながら、何が本当の課題なのかを考えたい。そうすればおのずと解決方法が見えてくるはずだ。

●経済的自立の課題

「経済的自立」、つまり日本舞踊の仕事だけで食べていく。日本舞踊を仕事にしたい人にとって最も関心が高いのがこのテーマではないだろうか。

一方、「日本舞踊では食べていけない」という考えもまた支配的であり、多くの舞踊家が希望と現実の間で揺れ動いている。
実際に私の周りで、「舞踊家」または「先生」を名乗っていて、日本舞踊の仕事「だけ」で生活が成り立っている人は、1割程度だ。収入源としては教室経営、舞台出演や舞台スタッフ(後見など)、舞踊家派遣、出張講師など。

それ以外の人は、何らかの副収入や、家族の支援を受けている。会社員をしながら夜間や週末に先生業をしている人、日本舞踊のキャリアを生かした仕事(呉服業界、俳優など)を並行している人、家族や配偶者などと合わせた収入で生活を成り立たせている、などだ。
日本舞踊での「経済的自立」に関しては、この記事で、そもそもそれを目指すべきなのか、ということを考察している。結論は「経済的自立を目指してもいいが、成功の『必要条件』ではない」だ。

ここでは経済的自立を目指す場合の課題を考える。

●教室業で自立するまでの課題

日本舞踊を仕事にしている人のほとんどは「教室経営」つまり「習い事の先生」だ。教室経営の課題はいくつかある。
日本舞踊教室の開業は比較的簡単だ。所属する流派の師範資格さえあれば、あとは稽古が可能なスペースと音源だけで、自宅の一室ですぐにでも開業できる。自宅にスペースがなくても、近隣の公共施設や民間のレンタルスペースを借りれば営業をスタートできる。開業のハードルが高くない一方、軌道に乗る、つまり教室業で経済的に自立するまではいくつもの課題がある。

●集客・営業ノウハウの課題

業界全体に言えるのが、集客・営業のノウハウがなく、それを学ぶ仕組みもないことだ。一般的な習い事ではHPやパンフレット、名刺の制作、SNSアカウントの開設や広告投資を行い、軌道に乗せるまでの集客・営業活動を行う。

それぞれに専門的な知識が必要で、一般的には自分で学んだり、独立前の就業先で学んだり、フランチャイジーとして開業する場合はフランチャイズ本部がサポートしたりする。行政や民間の起業支援サービスなどを並行して利用する場合もある。しかし、日本舞踊の世界ではそういったことをする人はほとんど見られない。これは適切なタイミングで情報を教えてくれる人や組織がないことが原因ではないだろうか。

●指導者としての資質・スキルを向上させる環境がないという課題

伝統芸能である日本舞踊は、その技術を途絶えさせず、後世までどう継承するかというテーマを常に抱えている。必ずしも言語化できない身体技術をいかに伝えるか、ということは、まさに「指導者」が多くを負っており、優れた指導者の下に優れた舞踊家が生まれるはずだ。また商売としての側面からも、顧客を満足させるだけの指導者としての力が必要であることはすでに述べた。

指導は伝統の継承の面でも、経済的自立の意味でも非常に重要である一方、現在の日本舞踊界には、指導者としての資質・スキルを向上させる環境がないという課題がある。

フランスやロシア、英国などではバレエ教師の国家資格があり、バレエを体系だって学べる環境を整えている。日本でもいくつかの民間資格が存在する。スポーツ分野ではさらに資格制度が充実しており、特にサッカー界ではアマチュアからプロまで複数の指導者ライセンス制度によって統一した知識、方法論が共有されており、日本のサッカーが短期間で世界で通用するレベルになったのは、このライセンス制度が一因ともいわれている。

ライセンスを取る過程で必要なことを身につけなければならない「ライセンス制度」は言い換えれば、指導者として学ぶべきスキル・資質を身につける環境の提供だ。

それがない(『師範制度』はあるが実質、指導者としてのスキル・資質評価は含まれていない)日本舞踊の世界では、指導者として成長したい人自身が、自ら課題に気づき、進んで学ぶしかない。しかし、それができる人はごくわずかだ。

●舞台出演、舞台スタッフ(後見など)報酬の課題

舞台出演、舞台スタッフ(後見など)によって得る報酬をまとめて舞台報酬と呼ぶことにする。

これは、そもそも日本舞踊の舞台が興行的に成り立っていないこと、したがって、舞台の数自体が増える見込みが少なく、舞台報酬が得られる機会が今後、ますます減っていく可能性が高いことを念頭に置くべきだ。

日本舞踊の舞台は、チケットが売れても身内や関係者が多く、主催者の持ち出しに依存する舞台が多いのが現実。一方、少数だが数百人、千人規模の客席を埋める舞踊家も存在する。この差は決して幸運ではなく、日ごろの人間関係構築や地道な営業努力が実を結んだものであり、「こういうものだ」と諦めたり、業界内での助け合いだけに依存したりせず、業界の外へチケットを売りに行く営業努力が必要だと考える。そうして初めて日本舞踊というマーケットが広がり、舞台報酬も増えていくのではないだろうか。

●「孤立」という課題

ここまでは経済的自立を目指すにあたり直面する課題を挙げてきた。

次に「孤独」という課題を見てみよう。複数の教室に関わるようになって気づいたのは、日本舞踊の先生は、横のつながりが薄く、孤立しがちであるということだ。同じ流派の内部でも横のつながりが稀薄であり、流派や指導者によっても考え方が違うが、さらに流派を超えた交流はより避けられる傾向がある。

以前と比べればこの傾向は薄れてきているが、交流があっても話題は限られる。例えば、舞台関係の話は積極的に交わされるが、教室業、特に経営の話題はほとんどされていないようだ。個々人は独立した事業主なので、一定の距離感はあって当然だが、交流が少なすぎるのもデメリットがある。例えば、成功している教室の優良事例が共有・横展開されないことで、業界として大きな機会損失を被っている可能性がある。集客・営業、会計、補助金・助成金といった経営関連情報は特に情報に格差がある。また、仕事に向かう意欲は、日々の悩みを話せる気の置けない仲間や場所があるだけで大きく変わるはずだ。

●「経験」だけが唯一の解決方法なのか?

こういう言葉を言われたり、周りで聞いたりしたことはないだろうか。

「師匠業を続ける中で徐々にわかってくることだ」
「壁にぶつかって困難を経験する中で自ら学んでいくものだ」
「これまでの先輩たちもみんなそうやって学んできた」

経験から学ぶことはもちろん必要だ。では、経験だけが唯一の解決方法なのだろうか?

●真の課題は「必要なことを学ぶ環境・仕組みがないこと」

私がサポートした教室の中には、20年以上教室業をされていて、お弟子さんが平均3~5名しかいなかった、という教室は珍しくない。しかし、適切に集客・営業の施策を行った結果、何倍ものお弟子さんを抱える教室になることもある。これは、自画自賛したいわけではなく、「経験から学べることには限界がある」ということの証明だ。

これらの教室は、先生の指導力や人柄に問題があったわけでは全くなく、集客・営業面のノウハウが不足していた。また、逆の場合もあるだろう。集客・営業が十分でも、指導力が不足していたら、お弟子さんがたくさん入ってもすぐにやめてしまう…そんな教室もあるだろう。

ここで言いたいのは、経験だけでは、本当に必要なことが学べるとは限らず、また、学ぼうにも、自分で自分の課題に気づくことは難しいということだ。

とすれば、真の課題は、そもそも必要なことを学ぶ仕組みがないことではないだろうか。日本舞踊を仕事としてやっていくために最低限必要なことを知っていれば、課題にぶつかったときに、その課題を認識し、その解決策を具体的に考えることができる。あるいは課題にぶつかる前にあらかじめ対処できる。

●解決策は教育の仕組み・環境づくり

日本舞踊を志す人にとって、日本舞踊の技術を学ぶ仕組み・環境は整っている。
しかし、日本舞踊を仕事にするために必要なことを学ぶ仕組み・環境はない。
日本舞踊を仕事にするために必要なことを学ぶ仕組み・環境をつくることこそが、課題を解決する方法ではないだろうか。