【ダメ?OK?】日本舞踊の稽古、動画に撮ってもいい?
日本舞踊の稽古を、動画で撮影したり、動画資料を活用することについて考えたいと思います。

教室の方針によりますが、日本舞踊教室では、お稽古の撮影を禁止しているところは少なくないようです。この記事では「日本舞踊の稽古を動画で撮影・活用することはいいのか、悪いのか」「メリットとデメリットはなにか」「活用の際のポイント」などを考えてみたいと思います。
稽古動画を撮る・活用する目的とは?
そもそも稽古の動画を撮ったり動画資料を使う目的は何でしょうか?
動画を活用するシーン
動画は次のようなシーンで活用が想定されます。
見本動画(師匠やプロ舞踊家、または先輩などが踊っているもの)を見て振りを覚える・表現を学ぶ
稽古動画(レッスン中の師匠と自分、もしくは自分を撮影したもの)を見て予習復習、課題の発見に使う
「動画OK」派のスタンス
動画活用の目的は、一言で言うと「稽古の効率化」でしょう。日本舞踊の稽古は1時間程度のレッスン時間の中で振りを覚え、表現を学んでいきます。その流れをまとめると以下のようになります。
日本舞踊を覚える3ステップ
1.【振りを覚える】師匠の振りを見て覚え、
2.【正確性を高める】師匠からのアドバイスを受けて修正、または効果的な表現を学んでいき、
3.【芸術性を高める】流派の表現、自分なりの表現を追究していく
動画を活用する事で、上記の流れに対して以下のようなメリットがあると考えられます。
稽古に動画を活用するメリット
【全体像の把握が可能】稽古で少しずつ覚えていく方法だと全体像がなかなかつかめませんが、見本の動画を見ることで全体像を早く把握することができます。
【改善点が明確になる】自分の踊りを客観的に見ること、師匠と比較することで、課題や改善点が明確になります。
【細部まで確認が可能】自分の目、師匠の目、鏡だけではわからないところも動画なら確認できます。
【自宅学習ができる】師匠がいなくても、稽古場に行かなくても自宅学習ができます。
【共有が可能】稽古に参加していない人も動画を見て学ぶことができます。これから新しい演目の練習を始める人の予習にもなります。
日本女子体育大学・高野美和子准教授の研究
日本女子体育大学で舞踊学を研究している高野美和子准教授の論文に、ダンスの振り付けの習得スピードに関する研究があります。
「経験の違いから捉えた舞踊運動の習得過程に関する研究 ─舞踊運動習得の初期段階に着目して ─」
http://ir.jwcpe.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/665/1/nichijo_kiyo43-06.pdf
ざっくりいうと、
「ダンスの振り付けを覚えるのに、ベテランと素人(熟練者と未習者)に覚え方や覚えるスピードに違いはあるのか?」
「あるとしたら、何が違うのか?」
ということを研究した論文です。
高野准教授は論文の中で、熟練者と未習者には違いがあるとした上で、その違いを次のようにまとめています(一部わかりやすい表現に変えてあります)。
《熟練者の特徴》
・まず全体の流れを大きく捉えてから、印象的な動きやカウント、言葉を目印にして、その他の部分をつかんでいく。
・捉えづらい振りは意識的にマークしておく。
・鏡を効果的に使って、模範の踊り、自分の像、自分の体感を照らし合わせながら振りを捉える。
・振りを覚えることが目的ではなく、自分がその振りを踊る主体になっていけるように意識している。
《未習者》
・模範のダンスの振りを追ってしまい、自分 1 人になるとできない。
・1 つわからない振りに囚われると先に進めない。
・全体を捉えようと動かずに見た後、実際動けない。いつ模範を見て、いつ自分が動くのかがわからない。
これまで、一言で「経験の違い」と言って片付けられていたことが、この論文によって詳細が明らかになりました。
「全体を捉える」「自分と模範を比較する」などはまさに動画の活用がサポートできることでしょう。結果、振りを早く覚えると「自分が振りを踊る主体になっていけるよう」つまり「自分なりの表現を追究していく」ことの近道になると考えられます。
動画の活用は日本舞踊の上達に大いに貢献しそうです。
では、動画NG派の考えはどうでしょうか。
「動画NG」派のスタンス
動画に頼ると稽古に集中しなくなる
日本舞踊の稽古は師匠と弟子の真剣勝負。1時間なら1時間、稽古にしっかり集中しなければなりません。動画を撮っていて「あとで見て復習できる」と思ったら稽古に無意識に手を抜いてしまわないでしょうか。
人間は物事を先延ばしにしてしまう生き物である
「あとでできる」は、目の前の稽古に努力して集中せず、動画を見て復習すればいいや、つまり「振りを覚える」とか「師匠を見て学ぶ」ことを先延ばしにしているのと同じです。この、目の前の辛いことから逃げて楽をしようとするのはある意味、人間の本能のようなものです。
これは「衝動性」と呼ばれるもので、これはこれで人にとって必要な性質です。昔、人類が狩猟採集を行っていたような時代は、食料を見つけたらとにかくすぐ食べて、オオカミが近づいてきたらすぐに逃げて「衝動的に行動」しないと、生死に関わる事態に陥ります。「おいしいものに飛びつく」「危険を避ける」という衝動的な行動原理が、生き抜くために必要でした。
しかしそのような必要がなくなった現代でも人間の性質は変わっていません。したがって、目先の辛いことを耐えてもその先に達成や成長があるような、勉強とか、トレーニングとか、仕事とか、日本舞踊のお稽古のような場面でも「危険を避ける」という衝動性が発揮されてしまうのです。「あとでできるしんどいこと」を先延ばしにすることは、人間の性質上、100%避けることは難しいでしょう。つまり、動画NG派の主張も、合理的だと言えるでしょう。
原点に戻って。日本舞踊のお稽古は何のためにやるのか?
動画を活用するメリットとデメリットがありました。これらのいいとこどりはできないものでしょうか?
なぜなら、そもそも日本舞踊をお稽古するのは、舞台で披露して達成感を感じたり、純粋に技術を磨いて表現したいものが表現できるようになったり、人に見せて楽しんでもらったり、そういう稽古の先にあるものが目的であるはずです。
そのための稽古はなるべく効率的にやれた方がいい。これは動画OK派もNG派も考えは同じでしょう。また、お稽古場が遠かったり、仕事や家庭の事情、子育てや介護などで忙しい人はしょっちゅう稽古には通えません。そんな人のために動画はとても便利な道具です。
デメリットがあるから使わない、のではなく、デメリットを克服して、なるべく小さくして、活用する方法を考えたいと思いませんか?そもそも正確な振りを覚えるためのツールという意味では、動画は振り付けノートのハイテク版といってもいいとさえ思います。振り付けノートもダメという人はあまりいないのではないでしょうか?
動画を撮影しながら集中力も下げない方法
動画撮影で不安視されるデメリットは、稽古への集中力が下がることでした。動画撮ってるからいいや、といういわば「甘え」が生まれてしまうということですね。こちらの解決方法はないかを考えてみましょう。
解決法1.稽古に目標を持つ
集中力、モチベーションを保つ方法の1つは「目標を持つ」ということです。この1時間の練習で、ここまでの振りは覚えて帰る!とか!前回怪しかった、ここのところを必ずクリアにする!とか、事前に目標を決めておくということです。そうすることで目の前の1時間に、より集中しやすくなります。
解決法2.細かくフィードバック、声かけをしてもらう
もうひとつの方法は、稽古の最中に細かいフィードバック(振り返り)をもらったり、声かけをしてもらうことです。これは師匠にも意識してもらったり、「今のところどうでしたか?」とか、「ここはこういうところが自分なりに腑に落ちないのですが、師匠の目から見てどう見られましたか」という風に自分から聞いていく方法もあります。フィードバックや声かけをもらうことで「見られている」とか「応援されている」などの意識が働き、「次はこうしてみよう」「いまはこの動きに意識を集中させよう」など目の前の動作により集中することができます。
稽古の動画撮影・活用は最終的には指導者判断
私は個人的には動画を積極的に活用すべき、と思っているのですが、最終的には指導者判断になります。効率を考えて活用する、というのも選択肢ですし、受け継がれてきた稽古の形を重視して動画は使わないとか、あるいは習う人の性格や成長段階に合わせて使わない、という判断にも、合理性があると思っています。みなさんはどう思われますか?
参考記事