「日本舞踊」という定義しにくく意味のおかしい呼び方はもうやめませんか?

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「日本舞踊」というネーミングにずっと違和感を感じてきました。その違和感と原因、さらにそれを解決する方法を考察しました。

実際は違和感なんてないよ、という人の方が多いと思います。そんな人は読んでも「この人は何を言ってるんだろう?」という内容だと思いますので、読まない方が良いかと思います笑

重箱の隅をつつくような話かもしれませんので、気になる方だけ、お付き合いください。

「日本舞踊」を読んで字のごとく解釈すると

日本舞踊は、字面通りに取ると、「日本の踊り」となり、「日本にルーツがある踊り、日本オリジナルの踊り」という風に解釈できます。が、「日本舞踊」は原則、歌舞伎をルーツとする舞台舞踊芸術を限定的に指します。

日本舞踊の中でも、歌舞伎から生まれた演目を特に「歌舞伎舞踊」と言います。そのほかにも日本舞踊とされるのは、邦楽のジャンルでいうと長唄、清元、常磐津、小唄、最近では近現代の端唄、大和楽、俚奏楽などまで含まれ、歌謡曲、ポップスまで踊る教室もあります。歌謡曲、ポップスで踊るものは「新舞踊」「新日本舞踊」など呼び分けるところもあります。

歌舞伎がそうであるように日本舞踊も舞台で演じられる舞台芸術で、室内で鑑賞されることを前提としています。

盆踊りや阿波踊りなど民俗舞踊は日本舞踊に含まれておりません。琉球舞踊なども今は舞台芸術として国立劇場おきなわを中心として考案されていますが、日本舞踊には含まれません。

私がずっと抱いてきた違和感は、日本舞踊が「日本」という大きなカテゴリーを冠しているにも関わらず、このように、実際はごく限られたジャンルの踊りしかカバーしていないという、「名前と内容のミスマッチ」にあります。「名前と意味があっていない」と言ってもいいでしょう。

改めて、日本舞踊とはなにか?

音楽の種類で分けられる?

「日本舞踊」で演奏される音楽で分かることは可能でしょうか?

日本舞踊の音楽といえば、長唄、清元、常磐津。小唄、端唄もあります。黒田節は人気のある日本舞踊の演目ですが、これは民謡。子供のよる演じる「さくらさくら」や「絵日傘」は童謡です。大和楽や俚奏楽は近現代の発祥。歌謡曲で踊るところもありますので、音楽の種類形式では分かられなさそうです(洋楽は流石にないでしょうが…)。

では、楽器でしょうか?長唄や清元、常磐津は三味線音楽です。三味線や太鼓、筝など日本の伝統的な楽器を使用していれば日本舞踊でしょうか。いやいや、小唄や近現代の童謡を踊るときは伝統楽器に限りません。それに世間の人は演歌のバックで踊る日本舞踊家の踊りを「あれは日本舞踊だ」というのではないでしょうか。楽器で分かるのも難しそうです。

着物を着ていれば日本舞踊?

では音楽が違えど、着物を着て踊るという共通点があります。着物を着て踊れば日本舞踊と言えるのではないでしょうか?たしかに洋服を着て日本舞踊を踊る人はいません。創作日本舞踊の公演を行なっている「未来座=裁=」も衣装は着物です。

いや、しかしそれも違うようです。民俗舞踊は着物で踊ります。でも阿波踊りや盆踊りは「日本舞踊」とは言いません。着物では区別できないのです。

時代で分けられる?

「日本舞踊は日本の伝統芸能」という風に言われます。歌舞伎から日本舞踊が分かれたのは約400年前の江戸時代。たしかに伝統芸能と言えそうです。しかし…日本舞踊の発表会ではしばしば、大和楽の「あやめ」とか、三門順子の「初桜道成寺」とか、昭和以降の楽曲、それも古典の形式に則っていないものも踊られます。これらは多くの人に「日本舞踊」として受け入れられています。「日本舞踊は伝統芸能だが、必ずしも楽曲は古典にこだわらない、現代風のものでよい」納得がいくような、いかないような気がします。

ちなみに「日本舞踊」というネーミングはいつから?

そもそも「日本舞踊」と誰が名付けたのでしょうか?

「舞踊」とは、明治のはじめに劇作家の坪内逍遥と福地桜痴が考案した翻訳造語の一つで、本来は英語の dance の和訳にあたる。

造語の種類としては「田畑」や「恋愛」と同じ複合語にあたり、日本語の「舞」(まひ)と「踊」(をどり)の二字を結合したもの。逍遥が自著『新楽劇論』(明治37年)でこの語を多用したことから読者を通じて一般に広まった。

やがて日本伝統の「舞踊」をダンスの翻訳語である「舞踊」と区別する必要性から、「日本の舞踊」という表現が用いられるようになり、これが定着して今日に至る。

Wikipediaより引用

出典が明らかにされていないので100%正しいとは言えませんが、この説を信じるとすると、「日本の舞踊」という表現が西洋のダンスの対義語として使われていたということになります。つまり初期の意味としては歌舞伎踊りも民俗舞踊も、日本の踊りを全て含む概念であったということです。

「日本舞踊」という呼称が定着した経緯は?

ここからは推測ですが、明治から昭和にかけて愛好者人口を増やしていた「歌舞伎踊り」の指導者、愛好者たちの間で、自分たちの踊りは日本を代表するものだから、もう「日本舞踊」と呼んでしまおう、というような雰囲気になり、定着していったのではないかと思います。あるいは、海外に歌舞伎舞踊の舞踊家が招かれたり、日本で歌舞伎踊りを鑑賞した外国人に、「Japanese Dance」と紹介し、そのまま和訳の日本舞踊を自分たちの踊りの呼称としたのかもしれません。海外の人に歌舞伎踊りを見せて、紹介している、そのようなシーンを想像すると、歌舞伎踊りを「Japanese Dance(=日本『の』舞踊」と紹介することにはなんの違和感もありませんが、そのあと歌舞伎踊りをルーツとしたひとかたまりの舞踊芸術群を「日本舞踊」という名称で定着させたため、この違和感が生じていると思われます(私個人の見解です)。

新しい呼称の提案

たしかに今日「日本舞踊」と呼ばれるものは、音楽、舞踊、衣装や文学性といったどれをとっても邦舞と邦楽の集大成と言えます。一方で「日本」という全体を統括する名前に反して、ローカルな民俗舞踊などを受け付けていないミスマッチがあります。伝統イメージとは違う、歌謡曲や演歌、童謡も日本舞踊と認識されているズレもあります。

そもそも「日本」と名前につけている時点で「日本以外の国」との対比を意識しているわけであって、この舞踊芸術そのものの特徴やあり方を表しているわけではありません。

そこで、以下がそれらの違和感やズレを解決する、私の提案です。

全体を包括する概念「邦舞」

現在の日本舞踊、新舞踊、民俗舞踊など、近現代以前の日本にすでに定着していた、全ての舞踊を包括する概念として「邦舞」を使う。共通認識として着物や民族衣装を着て「見せる」ことを前提としたものを表す。

大元を辿れば韓国や中国、東南アジアからもたらされた舞踊を起源に持つものでも、「日本の踊り」として定着していたものは邦舞に含めます。

明治以前を「古典的邦舞」

明治以前の作品、または音楽様式で作られた作品を着物で踊られるものを「古典的邦舞」と呼ぶ。これは、年代として古い、という意味と、形式が古い、という意味を両方持たせるため、「古典」ではなく「古典的」としています。

大正以降は「現代的邦舞」

大正以降に、伝統的な日本の音楽様式にのっとらず作られた作品群は「現代的邦舞」と呼ぶ。現代的邦舞の中でもひと時の流行りではなく1つのジャンルとして定着したものは、また数十年、百数十年後に、古典的邦舞カテゴリへ移っていく。

例えば、歌舞伎ルーツの演目は、「古典的邦舞」の「歌舞伎舞踊」、歌謡曲に合わせて踊るものは、「現代的邦舞」の「歌謡舞踊」などという風に表現してはどうでしょうか。

今回、明治・大正で分けたのには深い意味はなく、舞踊の歴史を詳細に紐解くと、別の切り口の方が妥当だ、ということもあると思います。ここで私がやりたかったのは、名前と実態の乖離を解消すること、なるべく単純化し、日本の舞踊をもれなくわかりやすく表現する概念を作ることでした。「古典的邦舞」と「現代的邦舞」それを合わせた「邦舞」という概念で日本の舞踊芸術をすべて表現できます。

なぜ「邦舞」という概念を持ち出したのか

今日、日本に舞踊は様々あれど、愛好者の数で「日本舞踊」にまさる舞踊はないでしょう。一方で日本全体の人口が減り、小さな舞踊芸術は存続の危機にあります。日本舞踊という呼称を「邦舞」へと開くことで、現在の日本舞踊家さんたちが、「日本舞踊」の枠にとらわれず、さまざまなジャンルの邦舞を踊る機会がふえたり、異なる舞踊間の交流が生まれたりしないかと密かに願っています。

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