日本舞踊家(歌舞伎舞踊)で人間国宝に認定された7人を紹介

日本舞踊家(歌舞伎舞踊)で人間国宝に認定された7人を紹介

日本舞踊は日本の伝統芸能。伝統芸を継承している一流の人の踊りを見てみたい。一流といえば、人間国宝。そういえば、日本舞踊家で人間国宝の人はいるのか?

この記事では、これまで人間国宝に認定された日本舞踊(歌舞伎舞踊)家のすごい人たちを紹介します。

*人間国宝(重要無形文化財)の対象となるのは「歌舞伎舞踊」であり、厳密には日本舞踊ではありません。歌舞伎舞踊は大きな日本舞踊カテゴリの中に含まれる、1ジャンルとお考え下さい。

そもそも人間国宝とは?

人間国宝の意味をご存知でしょうか?法律や公的な制度に「人間国宝」という言葉はありません。少し難しい言葉ですが、「重要無形文化財の各個認定の保持者」のことを「人間国宝」と通称で呼んでいます。もう少し説明しますね。

重要無形文化財は文化財保護法に基づいて指定されます。その目的は、日本の歴史的・文化的意義が高く、途絶えさせてはならないと国が考えたものを「重要無形文化財」に指定して保護に努める、というものです。「重要無形文化財」とはその名前のとおり、「重要」で「形がなく」「文化的に価値がある宝」という意味です。形のない芸能や工芸などの「無形のわざ」を指します。

実際は「無形のわざ」は一個人が身に付けているものなので、特に優れたわざを保有している人を「重要無形文化財の各個認定の保持者」と呼び、そこから親しみやすい「人間国宝」という通称が生まれたんですね。

「歌舞伎舞踊」は重要無形文化財

そんな国の宝たる「重要無形文化財」。それに指定されている芸能や工芸が数多くあるのですが、その中に「歌舞伎舞踊」が含まれています。歌舞伎舞踊とは歌舞伎の中で演じられる舞踊、歌舞伎を源流に持つ舞踊演目のことで、厳密に言うと日本舞踊と同じではありません。例えば「小唄」や「端唄」は日本舞踊で踊られますが、歌舞伎舞踊ではありません。

無形重要文化財の「芸能」のカテゴリ分けは、「雅楽」「能楽」「文楽」「歌舞伎」「組踊」「音楽」「舞踊」「演芸」「演劇」となっています。舞踊はさらに「歌舞伎舞踊意」「上方舞」「京舞」に分かれます。

これまで人間国宝に認定された日本舞踊家7人

歌舞伎舞踊の重要無形文化財として認定された7人をご紹介します。

「踊りの神さま」七代目坂東三津五郎

1882年~1961年(明治15年~昭和36年)。歌舞伎役者。日本舞踊坂東流家元。所作事の名人と呼ばれ当時「西の又一郎、東の三津五郎」と昭和歌舞伎の双璧とされていました。舞踊の技術のみならず舞踊研究家としてもずば抜けた知識を蓄えていました。坂東流の家元としての普及活動に努め、人間国宝に認定されたのはその貢献が評価されたものとも言われています。

「花柳舞踊研究会を興し、新舞踊運動を先導」花柳寿應

1893年~1970年(明治26年~昭和45年)。日本舞踊花柳流創始者、初代花柳寿應のもとに生まれました。歌舞伎役者尾上菊太郎を名乗り歌舞伎役者として活動。父の死後歌舞伎役者を廃業し花柳流二代目家元・花柳寿應となります。花柳舞踊研究会を興して新舞踊運動を先導しました。

「多くの歌舞伎役者を指導した、永代橋の宗家」二世藤間勘祖(六代目藤間勘十郎)

1900年~1990年(明治33年~平成2年)。日本舞踊藤間流勘十郎派家元・六代目藤間勘十郎。歌舞伎役者としては尾上梅雄。若女形として活動。五代目藤間勘十郎の養子となり、先代である義母の没後、藤間宗家を相続しました。尾上菊之助付きの振付師としても活躍。人間国宝に加え、芸術院会員、昭和57年文化勲章も受章しています。永代橋に稽古場があったことから総計と親しみを込めて「永代橋の宗家」と呼ばれていました

「『歌舞伎舞踊』女性初の人間国宝」藤間藤子

1907年~1998年(明治40年~平成10年)。藤間流・勘右衛門派の重鎮として活躍、一門を支える。卓越した技術と的確な表現で高い芸境を築き、堅実な動きの中につややかな味わいを伝える芸風を確立しました。歌舞伎舞踊で初となる女性の人間国宝となりました。

「戦後創作舞踊の第一人者」二代目花柳壽楽

1918年~2007年(大正7年~平成19年)。講談師の家に生まれる。花屋を志すが芸の一家に説得され舞踊家の道へ。古典作品だけではなくモダンダンスやバレエも取り入れ、ギリシャ悲劇を題材とした作品や新作を次々発表。宝塚歌劇団の振り付けやアジア海外公演なども実現しました。

「日本舞踊の国際化に尽力する西川流家元」十代目西川扇藏

1928年~(昭和3年~)。7歳で十代目西川扇藏を襲名し西川流家元を継ぎました。日本舞踊古典作品の発掘・研究など伝統の継承に加え、新作の振付けや公演でも実力を発揮。また海外活動等を通じての日本舞踊の国際化に尽力しています。

「人間味あふれるあたたかい芸風」花柳寿南海

1924年~2018年(大正13年~平成30年)。人間味あふれる表現に卓越した芸風をもった舞踊家です。古典の中に「あたたかみ」「かわいらしさ」を映し出す踊りで多くの人に愛されました。一方で新作舞踊の創作にも熱心で「吾輩は猫である」「湯女群像」などが代表作です。

このような偉大な先人たちが伝統を受け継ぎ、発展させてくれたおかげで私たちも日本舞踊の世界で踊りを楽しみ、味わうことができるんですね。

日本舞踊の世界で人間国宝に認定された7人の舞踊家の方々を紹介しました。

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