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端唄「祇園小唄」歌詞と解説

端唄「祇園小唄」歌詞と解説

童謡の「さくらさくら」

ジョン・レノンの「イマジン」のように、

誰もが口ずさめる曲というのが、どの世界にもあります。

 

日本舞踊の世界では、この「祇園小唄」を第一にあげる方も多いでしょう。 

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〽︎月はおぼろに東山~

この曲は作詞・長田幹彦、作曲・佐々紅華。昭和5年に公開された映画「祇園小唄絵日傘」の主題歌として大ブレイクしました。どのくらい有名かというと、現在70~90歳のおじいちゃん、おばあちゃんはほぼみんな歌えます。それ程、定番中の定番の曲でした。老人ホームの慰問でこの曲を披露すると、一緒に歌ってくれることも珍しくありません。

 

日本舞踊では、初心者の頃に誰もが通る唄。

それが「祇園小唄」です。

「祇園小唄」解説

四季

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祇園小唄は日本の(というか祇園の)四季を唄った曲です。

同じ構成の曲が一番から四番まであり、それぞれ春・夏・秋・冬にふさわしい歌詞が添えられています。一度、歌詞全体を眺めてみましょう。

 

月はおぼろに東山

霞む夜毎のかがり火に

夢もいざよう紅桜

しのぶ思いを振袖に

祇園恋しや だらりの帯よ

 

夏は河原の夕涼み

白い襟足ぼんぼりに

かくす涙の口紅も

燃えて身を焼く大文字

祇園恋しや だらりの帯よ

 

鴨の河原の水やせて

咽(むせ)ぶ瀬音に鐘の声

枯れた柳に秋風が

泣くよ今宵も夜もすがら

祇園恋しや だらりの帯よ

 

雪はしとしと丸窓に

つもる逢瀬(おうせ)の差し向い

灯影(ほかげ)つめたく小夜(さよ)ふけて

もやい枕に川千鳥

祇園恋しや だらりの帯よ

 

お判りいただけるでしょうか。それぞれに季節をにおわせる言葉がちりばめられ、下線をつけた最後の行が曲全体のリズムを生み出しています。そして、直接は描写されませんが「ある人物」が登場します。

 

「振袖」「襟足」「だらり帯」… そう、祇園といえば「花街」。芸妓さん・舞妓さんの聖地です。祇園の花街の美しさと、四季と、そこで活躍する女性たちの姿を描いています。 

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では、それぞれの歌詞が祇園の風景と合わさると、どのような情景が見えてくるでしょうか。

祇園の風景

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祇園は鴨川より東、四条通を中心とした歴史ある地区で、その風格は現代も変わりません。明確な区画線はなく、色で示したおおよその範囲が「祇園」と呼ばれています。

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祇園の背後にある東山を、四条大橋からストリートビューで眺めてみましょう。

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南座やビル群でほとんど見えませんね…(笑)

矢印で示した部分が東山です。昔は高い建物がなく、京都のどこからでも見渡せました。「あの山の下に、祇園がある…」そう想いをはせたに違いありません。

 

祇園のすぐ西を走る「鴨川」も、三番”秋“の冒頭に出てきます。 

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このような光景に囲まれた趣たっぷりの祇園。その魅力が詰まった歌詞を次章で紐解きます。

ことばの意味と解釈

f:id:kachidokilife:20200419181747j:plainphoto もってぃ@WeekendDirector

踊りを楽しむ上で大切なのは、踊り手が登場人物に「なりきる」こと。祇園小唄に描写された細やかな心情や情景を知ると、自分の舞もまた違ったものになるかもしれません。そのほんの一部を紹介します。ここからは、筆者の解釈です。

 

〽︎月はおぼろに東山

 もっとも有名な冒頭のフレーズ。「東山の上に朧月が浮かんでいてキレイだった」ですね。ストリートビューからも想像できるように、当時の京都はどこからでも「東を見れば東山」でした。薄雲をまとった朧月(おぼろづき)に照らされた紅桜の見事さと舞妓さんの「振袖」を重ねてしまう心の余裕がまだありますから、深夜遅くではないでしょう。おそらく亥の刻(いのこく)…夜10時くらい。

 

桜咲く春、亥の刻の東の空に浮かぶ月…時刻・方角の条件を合わせると「満月」になります。十五夜で煌々と輝くはずが、雲がかかって紅桜を不安定に照らすあはれな朧月…。移ろう情景を感じ取る感性を見事に表現しています。

 

また、その不安定な感情の揺れ動きは「若い人の特権」でもあります。祇園の女性の妖しさに、心が不安定に揺れ動いてしまうわけです。そういう時期なんですね。一番の“春”では「若さ」も表現しています。

 

どうでしょうか。祇園だけでなく、人間のことも美しく唄っているように聞こえてこないでしょうか。この唄は、祇園の四季のみでなく「人生の春夏秋冬」も謳っています。

 

〽︎夏は河原の夕涼み

 

凛として、少し大人の雰囲気です。ここで少し知識がいるのですが、新米の舞妓さんは赤や金の刺繍を施した派手な襟を身に着けますが、経験を積むにつれ装飾が抑え目になり、最後は白になります。「〽白い襟足」は経験を重ねた証。ですが、「〽︎涙の口紅も」恋に狂い嫉妬に涙し、身を焼いてしまうのです。

 

とはいえ、中堅~ベテランも実年齢で言えば二十歳前後。当時ですので、すべてが早い。「〽身を焼く大文字」とダイレクトに炎が燃える表現を使うのも不自然な歳ではありません。

 

〽︎鴨の河原の水やせて

 

鴨川の水量が減り、急に温度が下がって秋が深まってきました。「〽やせて」…生活が苦しいのかもしれません。一本立ち(独立して自分の店を構えた芸妓さん)の生活も、恋愛も、思うようにいかないのでしょう。

 

「〽咽ぶ瀬音」川が途切れそうなくらいの頼りない水の音に「むせび泣く」も連想させます。「〽鐘の声」諸行無常が聞こえてきそうです。「〽枯れた柳に秋風が」カサカサですね。「〽泣くよ…夜もすがら」夜通し泣く、つまり心の悲しみがぬぐい去れぬまま晩秋を迎えます。

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これでもかと哀しみを畳みかける秋ですが、最後の一行に救われます。それでも彼女は「〽祇園恋し」いのです。繰り返すフレーズ(繰り返す芸妓としての毎日)に自分は生かされていているのです。

 

秋は「〽祇園恋し」しかポジティブなことばが登場しません。身を包む哀しみと、自分の心を現実につなぎとめるもの…そのことに注目して踊ってみてはいかがでしょうか。

 

〽︎雪はしとしと丸窓に

 

雪が「しとしと」降る日は、身を刺すような晩秋の寒さとは違い、どこか包み込まれるような趣があります。「〽向かう逢瀬の」男女が密かに会います。「逢ふ」は「する」ですから、将来を約束したも同然の男女です。「〽灯影つめたく小夜ふけて」枕元に灯した火は小さくなり、雪夜もとっぷりと更け、深く眠りにつきます。

 

クライマックスは「〽もやい枕に川千鳥」…二人が一つの枕を共にするという意味の「もやい枕」に、川面を低くつがいで飛ぶ習性のある「川千鳥」を重ねて、二人の男女が人生を添い遂げるさまを表現しています。 

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〽︎祇園恋しや だらりの帯よ

 

季節が進むにつれ「恋し」の意味は変化します。そして歳月を重ねるほどに、ことばの味わいが増していくことに気付かれたでしょうか。季節のうつろいと年月の重み…それがこの曲が長く歌い継がれる理由の一つではないでしょうか。

この記事を書いた人:原田 旭

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新宿のリトルシアターで観た女形パフォーマンスに衝撃を受け、29歳で日本舞踊の世界に飛び込む。日舞を通じてその奥深い身体技法や日本古来の鮮やかな情景に触れ、魅了されながら研鑽を積んでいます。

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