なぜ若手舞踊家たちは挑戦し続けるのか|歌舞伎町劇場「HANAGATA」の奮闘
新宿「歌舞伎町劇場」で毎月日本舞踊公演が行われているのをご存じだろうか。
それは「HANAGATA」という若手舞踊家による公演だ。日本舞踊やその周辺の産業を盛り上げ、後進に道を拓きたい、と始まったHANAGATA。2023年、新宿歌舞伎町劇場でゼロからのプロジェクト立ち上げ、2025年にはクラウドファンディングに続き浅草公演のスタートなど、彼らが次々と挑戦を続ける理由は何なのか。HANAGATA出演者に話を伺った。
日本舞踊の「責任」
「キーストーン」という言葉がある。生物界で、ある種がいなくなると連鎖的に多くの種が滅びてしまう種のことを指していう。例えば、ある海域でラッコがいなくなると、ラッコが捕食していたウニが増え、海藻を食べつくし、海藻を住みかとする微生物、それを糧に生きていた魚たちが次々といなくなり、海の生物多様性が損なわれる。
日本舞踊は伝統芸能界におけるキーストーンだ。舞踊を中心として唄あり演奏あり、衣裳やかつら、大道具小道具、様々な舞台演出が入る。日本舞踊の舞台がなくなれば必然的にそこに関係するすべての人の仕事がなくなる。日本舞踊は伝統芸能の豊かさの一角を確実に担っている。
しかし、その日本舞踊の存続が危ぶまれている。少子高齢化や習い事、舞台芸術の多様化などによる日本舞踊人口減に加え、近年では国立劇場の再整備が遅れていることにより、日本舞踊に携わる人の活躍の場が奪われている。
若手舞踊家たちの挑戦

そんな中、日本舞踊の普及と振興に挑戦している若手舞踊家たちがいる。新宿歌舞伎町劇場を拠点として毎月日本舞踊公演を行っている「HANAGATA」だ。出演者はいずれも各流派合同新春舞踊大会((公社)日本舞踊協会主催)や、全国舞踊コンクール(東京新聞主催)といった業界では名の知れたコンクールの受賞者たちばかり。日本人のみならず、世界中の人が日本舞踊に触れられる機会を増やし、日本舞踊と、それを取り巻く人たちを盛り上げていこうとする試みだ。
藤間涼太朗さん「日本の文化を支える人たちのために、少しでも何かできないかな、環境を整えていけないかなと思ったのがHANAGATAを始めたきっかけです」

古典作品、古典芸能としての魅力を伝えるべく「藤娘」「越後獅子」といった定番の舞踊の他、しぐさ・所作の解説、衣裳や化粧といった舞台の裏側や演出の紹介も交えたシンプルかつ分かりやすい内容だ。インバウンド観光客にも分かるように英語での解説もつく。
「古典」を「確かな技術」で
HANAGATAがこだわる点は大きく二つある。一つは「古典」だ。
日本舞踊はさまざまな周辺芸術を柔軟に取り入れてきた歴史がある。戦前にはバレエや現代舞踊との積極的な交流があり、現在でも「新舞踊」と呼ばれる洋楽や歌謡曲を使用した舞踊の一ジャンルがある。最近ではショート動画のブームに乗り、流行りの曲に日本舞踊の振りを付け人気を博している舞踊家も登場している。インバウンド観光のシーンでも、親しみやすいように現代邦楽曲や洋楽で日本舞踊が披露されることも多い。しかしHANAGATAでは何百年と続いてきた古典の魅力を確かな技術で見せることに力点を置いている。
二つ目のこだわりはその「確かな技術」である。
舞踊公演は数あるが素人には、踊り手としてトップレベルの技術をもっている舞踊家の公演と、町の稽古場がおさらい会の延長として主催する公演の区別がわからない。「HANAGATAに来れば必ず一定水準以上のものが見られる」という信頼感を大切にしているのだ。

挑戦し続ける理由
彼らが公演の継続に挑戦し続けるには理由がある。
一つは使命感だ。冒頭にも書いたように、日本舞踊の魅力を伝えること、それによって日本舞踊をその周辺産業も含めて存続させなければならない。
二つ目は舞台芸術の原点を気づかせてくれた観客との関係性だ。
公演に涙してくれる観客に原点を見る
「Amazing!「Awesome!」「Beatiful!」
日本舞踊に初めて触れた海外の方は、日本舞踊の美しさに素直に感動してくれる。
時には涙ながらに感想を語ってくれるお客様もいるそうだ。日本舞踊の魅力は国境を越えて伝わっている。
「あらためて人に見せて感動を与える仕事なんだと実感しました」と藤間涼太朗さんは言う。
従来の、業界内に閉じがちな公演のように、見に来てくれて当たり前、評価されて当たり前「ではない」舞台だからこそ、人に感動を与えられる日本舞踊の力にあらためて気づかされる。

道を拓く
最後に、彼らが挑戦を続ける三つ目の理由は、「後進に道を拓くこと」だ。
日本舞踊の世界において、情熱と実力を持つ若い世代が、自分の力で未来を切り拓いていける環境を育てたい―それが彼らの願いである
藤間涼太朗さんは語る。
「子どもたちが『日本舞踊を仕事にしたい』と言ってくれたときに、心から『それは素晴らしい道だよ』と伝えられるような世界をつくっていきたいと思っています」
その実現に向けて、彼らは日本舞踊の新たな可能性に挑戦している。公演を通じて舞踊の魅力を広く届け、多くの人々の共感や応援が舞踊家たちの活動を支える流れができれば、若い舞踊家が自らの力で歩んでいく道が自然と拓かれていく。そしてその先には、日本舞踊全体のさらなる発展がある。
藤間涼太朗さんはこう続けた。
「HANAGATAは、たくさんの舞踊家が輝ける場にしていきたいと思っています。だからこそ、僕たちはまずその土台をしっかり築きたい。やがては、さまざまな個性がここで花開いていくことを願っています」
自らの挑戦を通じて次の世代へ希望を届けること―それこそが、彼らが描くビジョンである。日本舞踊の未来に新しい風を吹き込みながら、多くの人の心に響く舞台をつくり続けている。
対話と改善を重ねる
HANAGATAの運営面の特徴についても触れておきたい。現在、主にインバウンド顧客向けに回を重ねるHANAGATAだが、最初からこうだったわけではない。当初は日本人向けの公演で英語解説もなく、値段設定も違ったという。これは観客の反応や周囲の意見を取り入れて改善を繰り返してきた結果だ。
涼太朗さんを中心にこまめに話し合いを行い、変えるべきところはスピード感をもって変える。涼太朗さん曰く「HANAGATAは大きな実験場」だそうだ。保守的な伝統業界にあってこのスピード感と柔軟性は注目に値する。
2025年に挑戦したクラウドファンディングで多くの人に支援されたのも、プロジェクトの意義のみならず、彼らの姿勢を見て応援したくなる人が続々と現れているからだ(クラウドファンディングは255人から3,935,000円の支援を受け6月30日に終了)。
浅草で新たな挑戦

クラウドファンディングを終えたばかりの2025年7月からHANAGATAは「浅草」を舞台に新たな挑戦に臨んでいる。浅草文化観光センターでの定期公演が始まったのだ。「浅草では本物の伝統文化を見せたい」という地元・浅草の想いと「本物の日本舞踊を見せたい」というHANAGATAのコンセプトが合致し、浅草公演がスタートする運びとなった。
浅草という土地で観客を巻き込むスタイルに可能性を感じた

初回の公演である7月16日には筆者も観客の一人として参加した。まだ情報が浸透していないにもかかわらず十数名の海外観光客らが参加し、反応も上々だった。新宿公演は鑑賞メインだが、浅草公演では後半に短い曲を観客が出演者とともに踊るパートもあり、会場全員で盛り上がった。海外の方だけではなく、日本舞踊に興味がある日本人向けの公演としても魅力的な公演だ。

浅草という歴史と文化がある土地で、出演者とも熱気が伝わるほど距離が近く、観客を積極的に巻き込んでいくスタイルが相乗効果を生んだのだろう。今後にも期待が持てる公演だった。
HANAGATAの挑戦はまだまだ続くが、より多くの人を巻き込んで、さらに大きなうねりとなることを期待している。