【取材】タレント活動に必要なことはすべて、日本舞踊で学んだ・花柳美寿一朗(みずいちろう)~静岡県沼津市~

【取材】タレント活動に必要なことはすべて、日本舞踊で学んだ・花柳美寿一朗(みずいちろう)~静岡県沼津市~

花柳美寿一朗(みずいちろう)さんは、東京で歌手・女優活動の傍ら、週のうち半分は地元・静岡で日本舞踊を教えています。小さい頃夢見た憧れの世界へ、と大学卒業と同時に芸能界に。歌手・女優、MCなどその活動は多岐にわたりますが、「芸に向き合う姿勢を学んだ」日本舞踊も決しておろそかにしません。

花柳流の師範として自分の教室を持ち、歌手の仕事にも積極的に和装や邦楽、日本舞踊で学んだ舞台演出などを活かしている花柳美寿一朗さん。実は意外にも、日本舞踊のお稽古は「めちゃめちゃ嫌い」だったと言います。いかにして日本舞踊への見方が変わったのか、なにを学んだのか、これからの展望などを伺いました。

美寿一朗さんと日本舞踊の出会い

花柳美寿一朗さん

好きな演目「春興鏡獅子」

理由は、繊細さと力強さをどちらも兼ね備えていて、リアルに舞台が生きているのを感じられる作品だからです。品格の中に凛とした筋があり、日本舞踊ってこんなに生命力溢れるものなんだと感じられます。今の私にとって憧れで、いつかこれを立派踊れるくらいに実力をつけたいと思って稽古しています。

舞踊家の祖母を持ち、初稽古はなんと2歳!

-美寿一朗さんは、いつから日本舞踊をはじめられたんですか?

(花柳美寿一朗、以下、美寿一朗)2歳からやっております。祖母が日本舞踊家で、自宅で教室をやっておりましたので、生まれながらに、家がお弟子さんで賑わっていました。赤ちゃんの頃からお弟子さんに育てていただいた、そういう環境でしたね。

私は祖母からすると初孫で女の子、ということで、自然な流れで日本舞踊を習い始めたんです。

お稽古が「めちゃめちゃ嫌い」だった

お舞い初め(4歳くらい)

初の本舞台「胡蝶」(6歳)

-小さい頃は、お稽古好きでした?

(美寿一朗)いえ、めちゃめちゃ嫌いでした(笑)小学校のころなんかは、嫌いすぎてお稽古から逃げてました(笑)何度も同じことをしなくてはならないし足は痛い。やらされてる感でやっていました。

-ほかに、やりたい習い事があったんでしょうか?

(美寿一朗)地元の夏祭りのパレードで、流し踊りがあるんですけど、そこではヒップホップとかチアダンスとかがあって、私は着物じゃなくてダンスの方がやりたい!って思ってました(笑)

転機は21歳、「流れ」で受けた名取試験でのこと・・・

-そうなんですね!それが、いまはお仕事にされるまでになっていますが、なにがきっかけで変わられたんでしょう。

(美寿一朗)ターニングポイントがありまして、それが21歳の時に受けた名取試験なんです。

そのころ周りの舞踊仲間の雰囲気で、私が名取試験を受ける空気になっていました。当時は大学進学で地元を離れていて、東京で一人暮らしして、日本舞踊はたまに地元に帰ったときにやるくらい。舞踊をやるペースも落ちてたんですが、「受かるだろう」と、流れで名取試験を受けたんです。

家元の厳しい言葉で、日本舞踊への考え方が大きく変わった

(美寿一朗)そのころ私がどう考えていたかというと、舞踊は2歳からやっているし、お弟子さんたちから上手だね上手だね、って言われて育ってきてるので、当然受かるだろう、という「驕り」があったんです。

結果、試験を見てくださった家元から、かなり厳しいお言葉をいただいて。そこで「芸の厳しさ」を知りました。

稽古の「積み重ね」の大切さに気付く

(美寿一朗)私自身も名取試験で踊ってみて体感したのは、手順だけなぞって披露しても、稽古した時間とか、それまでの積み重ねとか、踊りこんだかなど、どれだけその踊りに向き合ったかは、わかる人には見抜かれる、ということです。

名取試験の時も、振りは覚えてましたけど、積み重ねがなかったので、家元はそこを見抜かれて、厳しい言葉をくださったんだと思います。

日本舞踊への向き合い方が、このままじゃだめなんだなと思い知らされました。

そのころ祖母が自分のお弟子さんの指導で忙しいときに、声をかけていただいた、新しい師匠に教わり始めました。「新しい環境で修行するつもりで一度外の世界を見てみよう」という気持ちです。その師匠が、お辞儀の仕方、まばたき、呼吸の仕方、すごく細かく、また厳しく教えてくださいました。

私はそれまで、そこまで物事を突き詰めてやったことがなかったので、最初のお稽古から面食らって苦しかったのですが、苦しいながらもやっていくうちに段々とあれ?と積み重ねていく面白さがわかってきました。

根気強く、厳しく育ててくださった先生に感謝しています。

ちょうどそのころは、大学を卒業して、これから芸能をやっていこうという時期でもあり、芸事全般へこういう向き合い方をしなければならないんだな、ということをこの時期に学べたことで、いまの芸能活動でも一つ一つの仕事に真剣に向き合うという行動へ、つながったと思います。

心に残る舞台、名披露目で踊った「鷺娘」

(美寿一朗)そんな、私の日本舞踊活動、芸能活動のターニングポイントになった名取試験ですが、合格後の名披露目の会は、それまでの発表会では私の踊りを舞台袖で見ていた祖母が、初めて客席で見てくれた舞台でした。しかも私の踊りを見て、客席で泣いてくれてたみたいで。私の名披露目を見るのがずっと夢だったと言っていました。

自分としても独り立ちしはじめた記念の舞台でもあり、一番心に残っています。

*名披露目(なびろめ)とは、一門の名前をもらった後に、それを知ってもらうために行う公演のこと。

日本舞踊の魅力は「無心になれる時間」

-美寿一朗さんの考える、日本舞踊の魅力ってなんですか?

(美寿一朗)「無心になれる時間」ということですかね。

日本舞踊のお稽古って、凄く集中するじゃないですか。耳も使って、目線も使って、って集中するので。身体を動かして芸事を磨くのもそうなんですけど、心も体も落ち着いて集中できる時間で、自分を整えられる時間。

お弟子さんでも、仕事で疲れたとか、悩みがあるというときでも、その時間だけはそれに集中できる時間だなって言ってくれます。

様々なタレント活動ができるのも日本舞踊で鍛えられたおかげ

タレント活動に必要なことをすべて教えてくれた日本舞踊

ダンスイベントにて

-東京での芸能活動はどういうことをされているんですか?

(美寿一朗)私、あやや(松浦亜弥)が大好きで、アイドル大好きで育ってきたんです。そこで大学卒業後に芸能界に進み、舞踊家名とは別名義の活動になるのですが、女優業、MCなどをやりつつメインはアーティスト活動としてステージを作っています!

-日本舞踊の経験で、東京での芸能活動に活きていることはありますか?

(美寿一朗)私の芸能活動自体が、日本舞踊で鍛えられたな、って思うことがたくさんあります。

というのも、何かを作り上げるときの発想の元が、今まで見てきた日本舞踊の舞台から生まれています。

例えば…「ここの演出で桜を散らせたら綺麗だろうな」とか他の人かま思いつかないインスピレーションが凄く湧いてくるんですよ。

これは、祖母が幼い頃から私を色んな舞台に連れて行ってくれてた、そのお陰だと思います。

よくバランス感覚やセンスがいいねと褒めていただくことがあるのですが、色彩感覚や舞台配置、照明の使い方、どんな衣装が映えるのか、間の使い方演出するのに必要なスキルがすべてそこで磨かれたと言っても過言ではないです。

普通では見られないような舞台や景色を小さい頃から見せてもらえたことに本当に感謝しています。

そのほかにも、礼儀作法も鍛えられましたし、日本舞踊家役で映画に出たこともあります。

ライブ、モデル、PV出演など、活動は多岐にわたる

地元・沼津で指導、地域イベントにも積極的に参加

週の半分は地元・沼津でお弟子さんの指導にあたる

-師範としての活動はいかがですか?

(美寿一朗)怒られるかもしれないんですが、最初は、芸能だけでやっていけないときにアルバイトするくらいなら舞踊をやろう、っていうくらいで続けていたときもあったのですが、名取試験を境に向き合い方が大きく変わって、さらにいざお弟子さんを持つとなったときに、自分の都合では絶対に辞めないと心に決めて、師匠としての自覚も芽生えました。

いまも週の半分は地元、静岡の沼津に戻って、祖母の教室のアシスタントや自分のお弟子さんの指導にあたっています。地元では福祉施設の慰問活動や、大学の留学生に着物で舞踊体験をしてもらったりといった国際交流も年に何回か行っています。

今後は、海外の人に日本舞踊を普及したりといった活動もしてみたいですね。

留学生舞踊体験

-最後にこれからの目標を教えて下さい。

(美寿一朗) 続けるということ、有名無名に限らず、一流をめざしていきたいと思います。一つ一つの作品を大事に、完成させて。

-ありがとうございました!

 

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【連絡先】
wanoumebachi@gmail.com
(花柳美寿一朗宛)

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