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一度は諦めた日本舞踊・・・第二の母 寿南海先生との出会いで、今がある~花柳志ゆか 東京都中央区人形町~

一度は諦めた日本舞踊・・・第二の母 寿南海先生との出会いで、今がある~花柳志ゆか 東京都中央区人形町~

埼玉県蕨と、東京都の人形町でお稽古場を開かれている、花柳志ゆかさんにお話を伺いました。

お母さまの実家は、当時まだ花柳界の賑わいが残っていた人形町。踊りと清元の名取だった、おばあさまの影響で3歳から日本舞踊を始めた志ゆかさんですが、結婚を機に日本舞踊から20年以上遠ざかります。

お子様の高校卒業を機に、のちに人間国宝となる花柳寿南海(としなみ)先生のもとで日本舞踊を再開、「寿南海先生に出会うまでの私の踊りは、子供の踊りだった」と思うほどに衝撃を受け、寿南海先生の晩年まで通い続けられます。

これまでさまざまな経験をされてきた志ゆか先生に、次のようなお話を伺いました。

・意外な初舞台のハプニングとは?
・花柳寿南海先生の思い出とは?
・教えることがつくづく好きだという志ゆかさんの教え方とは?
・弟子から見た志ゆか先生は?
・弟子に勧める、表現力・演技力を養う方法とは?

花柳志ゆか(しゆか)プロフィール
花柳流 人間国宝 花柳寿南海(はなやぎとしなみ)師の直弟子であり、花柳流日本舞踊の師範。
3歳より日本舞踊を始め、結婚、出産を経て子育てが落ち着いた後、人間国宝 花柳寿南海(はなやぎとしなみ)師に師事。
舞踊コンクール「みそみ会」にて奨励賞を受賞。

また、お弟子さんの花柳志ら叶(しらかの)さんもインタビューに参加してくださいました。

芸能一家に生まれて3歳からお稽古。でも・・・?

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うめざわ

志ゆかさんは3歳で日本舞踊を始めたということですが、きっかけはなんですか?

花柳 志ゆかさん

母の実家が人形町なんですが、祖母や叔母たちが踊りや清元のお稽古をしていたんです。

芳町(よしちょう。人形町の旧町名)はそのころ花街で、黒塀からはお三味線の音が聞こえてきて、芸者さんやお酌さんがたくさん街を歩いていました。

曾祖父が幇間(ほうかん)さんに踊りを教えていて、祖母が清元と踊りの名取で、その祖母が、自分の歌で踊らせたくて、私に踊りを習わせたんです。

お酌さんとは・・・京都でいう舞妓さんにあたる、「半玉」とも呼ばれる一人前になる前の芸者さん。

幇間(ほうかん)とは・・・宴会の席などで踊ったり楽器を演奏したり、話芸で場を盛り上げる仕事のこと。男芸者ともいう。

「下手だから辞めさせなさい!」

子供の頃(書き込みはお父様)

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うめざわ

踊りはお好きだったんですか?

花柳 志ゆかさん

いや3,4歳ごろは嫌いでした!

学校にあがる前は、お稽古に行くのがイヤでイヤで、泣いてばっかりで近所で有名だったみたいです(笑)

そんな調子なので、初舞台の「お染と久松」では「久松」というセリフが出てこなくて、緞帳が上がったり下がったり(笑)5歳のとき玉兎を踊って、祖母に「この子はあんまり下手だから、辞めさせなさい」といわれたくらい。

花柳 志ゆかさん

小・中・高校生の間ずっと、赤羽にあった学校の帰り、暗くなった駅のホームから「こっちに行けば、お稽古場のある上野、こっちへ行くと実家の埼玉、ああ、お稽古行きたくないな」っていつも思っていました(笑)

でも家に帰ると母から「また休んで!お月謝がもったいない!」と叱られるのでしぶしぶお稽古に行っていました。

お稽古場に行けば友達もいるし、お姉さんの先輩が宿題教えてくれるし、楽しかったんですけどね。

「舞台大好き!」から「踊りも大好き!」へ

清元「傀儡師(かいらいし)」舞踊コンクール「みそみ会(奨励賞を受賞)」にて(2003年)

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うめざわ

けっこう長い間、嫌いだったんですね!(笑)いつから「好き」に変わったんですか?

花柳 志ゆかさん

踊りは嫌いだったけど、舞台は大好きだったんです。

それがきっかけで高校卒業後に入学した、東宝芸能アカデミーでいろんな勉強するうちに踊りも大好きになりました。

花柳 志ゆかさん

もともと、歌舞伎やお芝居の舞台を見るのは大好きだったんです。

子供のころは、商売をしていた母の実家に来るお客さんが、歌舞伎やお芝居のチケットを置いていってくれて、母の膝の上でたくさん舞台を見ました。そのころの歌舞伎は、勘三郎さんから幸四郎さんから、全部見たんじゃないかな。新派や新国劇もたくさん見ましたね。

新派といえば、水谷八重子さんと、女形の花柳章太郎さんが共演されていて、子供心に不思議だなあと思ったのを覚えています。

花柳 志ゆかさん

それで舞台が大好きになって、中学高校は演劇部でした。

日本舞踊とは別に習っていたタップダンスの先生のお誘いで、高校卒業後は東宝芸能アカデミーに入りまして、そこでダンスやら声楽やらバレエやらを2年間みっちりやるうちに、踊ることも大好きになりました。

一度は辞めた日本舞踊、20年越しの再開と寿南海先生との出会い

常磐津「双面(ふたおもて)」(寿南海先生の会にて)

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うめざわ

いろいろな経験をされたんですね。教えるようになったのはいつ頃ですか?

花柳 志ゆかさん

教えるようになったのは40代になってからです。

実は22歳で結婚してから一度、日本舞踊を辞めていて、花柳寿南海先生のところで日本舞踊を再開したのが45歳のときなんです。

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うめざわ

そのあたりの経緯について詳しく教えていただけますか?

花柳 志ゆかさん

夫が自営業で、当時はお金の余裕もなく、仕事も忙しく、子供も二人できて、とても私ひとり踊りを習えるような状況ではありませんでした。なので「踊りはもうやらない!」と決めて。

また踊りをやりたいなあ、と思ったのが、下の子供が高校を卒業したころです。主人に相談すると、いいよ、と言ってくれて、それでまた始めることにしました。

その間、いちど友人に頼まれて新舞踊を教えたこともあったんですが、自分には合わなくて、やっぱり花柳流でやりたいと思っていました。

新舞踊とは・・・演歌や歌謡曲、ポップスなどを着物で踊る舞踊のこと。長唄など古典様式の邦楽で踊る舞踊と区別していう。大正から昭和にかけて起こった「新舞踊運動」というムーブメントがあるが別。今日では一般的に新舞踊というと、歌謡曲の新舞踊の方を指すことが多い。

東京中の資料を集めて・・・最後は直談判!

 

志ゆかさんは、のちに人間国宝になられる「花柳寿南海(としなみ)」先生へ師事されていました。

花柳 志ゆかさん

寿南海先生に教われた、ということが私の宝です。

本当に素晴らしい先生で、生んでくれた母の次の、第二の母だと思っています。

たった25年しか教わってないんですけど、寿南海先生に教わってきたことを、みなさんに伝えていきたいですね。

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うめざわ

どのようにして寿南海先生に教わることになったんですか?

花柳 志ゆかさん

再開するときに、どうせこの年齢で習うなら、一流の人に習いたい、そう思って、東京中の資料を集めました。

その中で、寿南海先生が新宿のカルチャーセンターで教えているという情報を見つけたんです。

花柳 志ゆかさん

そこでカルチャーセンターへ行ったら、その時は寿南海先生ではなく別の先生が代わりに教えてらっしゃったんです。他の習っている人を見ると、みんな初心者の方ばかり。

そこで私は何を血迷ったか(笑)その先生に、寿南海先生に直に習いたいです、ってお願いをしたんです。そうするとなんと事務所を通じてお返事があって、永福町のお稽古場へご挨拶に行くことになり、晴れて寿南海先生に教わることになりました。

それからは、あっという間の25年間です。

あんまり嬉しくて、踊り終えた楽屋で涙がポロポロ

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うめざわ

長年のブランクを経て、日本舞踊を再開されて、お気持ちはどうでしたか。

花柳 志ゆかさん

もう嬉しかったです。再開して、はじめて国立劇場で寿南海先生の会に出たときに、あんまり嬉しくて、踊り終えた楽屋で涙がポロポロ出てきました。

まだ弟子もいなかったので、手伝いをしてくれていた娘が「なに泣いてるのよ、これからずっと踊れるじゃない」って(笑)

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うめざわ

それは嬉しいですね。しかし娘さんは冷静でしたね(笑)

花柳 志ゆかさん

30年ぶりくらいに舞台で踊れた、あの嬉しい気持ちは今でも忘れられないです。

今までの自分の踊りは「子供の踊り」にすぎなかった

清元「幻お七」

花柳 志ゆかさん

そして、寿南海先生に習って、はじめて「踊りってこういう身体を使うんだ」ってわかりました。

これまでの自分の踊りは「子供の踊り」だったと。

花柳 志ゆかさん

そして、来ている人は、みんな親が踊りの先生だったんです。親が寿南海先生の踊りに惚れ込んで、預けられている人が多かったですね。みなさんお上手で、コンクールにも当たり前のように出られる。

「何だこの世界は、自分は、長いブランクもあるからなんとかして取り戻さないと」って思いました。

他の人のお稽古をずっと見て研究

花柳 志ゆかさん

寿南海先生のお稽古は面白いんです。

お稽古の日、12時くらいにお弟子さんはお稽古場に集まって、順番を決めるんです。その時には、お弟子さんが15,6人いましたから、1番から15,6番まで順番が決まります。

それで寿南海先生がお稽古場にいらっしゃるのが14時くらい。そこから1番の方から順番にお稽古が始まるわけです。

花柳 志ゆかさん

私は家が自営業ですので、朝早くに永福町までは行けないので、お稽古場に行くのが午後の2時や3時。すると自分の番は、前に大勢いますから、夜の8~10時になります。

自分の番までお茶に行ったりする人もいますが、私はひたすら、自分の番まで他の人のお稽古を見て、先生の話されることを聞いてました。

人によって、上手くいかないところは違います。それを見ておけば、自分に応用が効くんです。

志ゆかさんは、寿南海先生に弟子入りしてから間もなく名取、続けて師範免許を取り、お母さまの実家・人形町でお稽古場を開きます。

教えるのが、好き!

花柳志ゆか日本舞踊教室の皆さん

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うめざわ

お弟子さんをとって教えはじめて、変わったや気づいたことなどはありますか?

花柳 志ゆかさん

つくづく、私は教えるのが好きだなあ、と思いました。

お弟子さんが上手くなっていくのが、すっごく嬉しいんです。名取を出したときは、孫ができたときほど嬉しかったです(笑)

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うめざわ

HPやブログを拝見すると、志ゆか先生の教室は雰囲気も、とてもよさそうです。

花柳 志ゆかさん

いわゆる「先輩後輩」みたいな厳しい上下関係を作るのは好きじゃないんです。

この教室ではお互いみんなフレンドリーに過ごせるように意識しています。せっかくお稽古に来るんだから、一人だけ気まずい思いをしたり、そんなことは絶対にないように気を配っています。

年に一回、地域の習い事の発表会がありまして、そこでみんなが集まるんですが、みんな、にぎやかに、ガヤガヤやってますよ(笑)

弟子から見て、志ゆか先生の教室はどうですか?

指導中の一コマ

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うめざわ

それでは、志ら叶さんに伺います。志ゆか先生の第一印象はいかがでしたか?

花柳志ら叶(しらかの)さん

花柳 志ら叶(しらかの)さん

見学に来て楽しそうだな、って思いました。

先生がさばさばしていて、他の人もみんな明るくて、お菓子もいっぱいあるし(笑)すぐに入ると決めました。

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うめざわ

志ら叶さんは、なぜ日本舞踊に興味を持ったんですか?

花柳 志ら叶(しらかの)さん

当時、社会人大学生で、世界経済とか英語を勉強するうちに、日本のこと知らないなあ、と思い、最初は着付けを習ったんです。

でもそれを着る機会がないので、日本舞踊を探して来てみたら気が合う先生だなあって思って(笑)

花柳 志ゆかさん

私も、即決力があって、気持ちいいなあと思いました。普通は体験してから決める人が多いので(笑)

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うめざわ

志ら叶さん、志ゆか先生のお稽古はいかがですか?

花柳 志ら叶(しらかの)さん

志ゆか先生は優しいですね。怒られることもありません。

花柳 志ゆかさん

怒っても仕方ないですね。悪いことしてるわけじゃないし。

ベタベタ褒めることもしないですけどね。

見て学ぶには限界がある。だから・・・

発表会の様子(2018年)

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うめざわ

教える際のこだわりはありますか?

花柳 志ゆかさん

「見て学べ」とよく言われますが、特に大人になってから始める方では、見ていれば上達するかというとそれは難しいです。だからすごく説明します。

それには、「師匠がお弟子さんのことをよく見る」ことですね。見れば、重心のかけ方が良くないとか、どこが原因なのか必ず発見できます。それをできるようにしてあげるのが先生の役割だと思いますね。

それくらい、教える先生には責任があると思います。

花柳 志ら叶(しらかの)さん

自分では、思いもかけないところを指摘してくださるときがあるんですが、その通りにするとできるので、びっくりします。

また「質問はない?」と聞いてくださるので、ありがたいです。

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うめざわ

そのような教え方は、寿南海先生の影響が大きいですか?

花柳 志ゆかさん

大きいです。寿南海先生は教えるのがお上手でした。

表現力を伸ばすには、いいものをたくさん見ること

清元「萬年喜猫(まねきねこ)」(第二回志桜の会)

花柳 志ゆかさん

弟子たちには、映画も絵もたくさん見なさい、って話すんです。そういうものを見て表現力や演技力を養ってほしい。

長年やっている人で、技術を持った人はたくさんいますけど、その先は表現力、演技力が必要。生まれながらの才能もあるけど、伸ばすためにできることは、いいものをたくさん見ることです。

花柳 志ゆかさん

私も小さい頃からお芝居をたくさん見させてもらったり、夫とはジャズを聴きに行ったり、美術館へ行ったり、高橋竹山さんの津軽三味線を聴きに行ったり、とにかくいろんなものを、たくさん見ました。

だから、美術館にも行きなさい、邦画も洋画も、絵も、とにかくたくさん見なさい、って言うんですよ。

「日本舞踊って楽しいんだ!」って知ってほしい

発表会の様子(2019年)

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うめざわ

それでは最後に日本舞踊に興味がある人に一言お願いします。

花柳 志ゆかさん

まずは、見学や、体験をしてほしいですね。

そうすることで「日本舞踊って楽しいんだ!」ということを知ってほしいです。

また、どんな先生でも、自分に合わないこともあります。お稽古は一対一だから、自分に合った先生を見つけるのが長く続けるコツですね。

踊りが苦しくなってくるのは、30年40年続けてからなんです。それまではとにかく楽しめることが大事ですね。

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うめざわ

「辛くなるのは30,40年たってから」というのは、重みのあるお言葉ですね!

逆にほとんどの人にとっては、日本舞踊を体験してみて、自分が楽しいかどうか、素直に感じればよいということかと思います。

お二人のお話を伺っていると、明るい先生を中心に、日々成長を感じながらお稽古できるお教室なんだな、と思いました。

本日はありがとうございました!

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