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保父さんを諦め踊りの道へ、それでも子どもに教えるのが天職!~市山竹紫郎(たけしろう)千葉県柏市~

保父さんを諦め踊りの道へ、それでも子どもに教えるのが天職!~市山竹紫郎(たけしろう)千葉県柏市~

今回お話を伺ったのは、市山流の市山竹紫郎(いちやまたけしろう)さんです。

柏で教室を開かれている竹紫郎さんは「子どもに教えるのが天職!」とおっしゃいます。日本舞踊の家にお生まれになった竹紫郎さんですが、実は保父さん(保育士)になりたかったのだそう。

なぜ踊りの道へ進むことになったのか?その後、保育園で教える夢がかなったいきさつとは?これから日本舞踊のためにしていきたいことは?など詳しく伺いました!

市山竹紫郎(たけしろう) プロフィール

4歳の頃より、舞台を踏む
宗家三代目松翁師、故花柳宗岳師、現花柳寿美師、父故初代市山松十郎に師事
現在は父の「秀扇会」を兄、分家二代目松十郎、甥、竹松と主宰、弟子の育成にあたる
特に保育園の団体稽古等、幼児教育を天職と思い、力を入れています
平成7年、父の死去に伴い、市山流柏会を引き継ぎ主宰
現在に至る

日本舞踊の枠にとらわれず、洋舞、声楽等、とも共演
日本舞踊協会東京支部中央ブロックを経て、現在は日本舞踊協会千葉県支部所属

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うめざわ

読者の方には日本舞踊に興味を持ち始めたばかり、という方もいらっしゃいます。そんな方のために、まず市山流についてかんたんにご説明いただけますでしょうか?

市山竹紫郎(たけしろう)さん

市山流は、日本舞踊の中でも古い流儀のひとつであり、流祖は宝暦年間(1751~1764)に活躍した歌舞伎の振付師・市山七十郎(なそろう)で、長唄「越後獅子」、長唄「大原女」、長唄「浅妻船」等が初代の作品です。

踊りの特徴としては、歌舞伎の色が強い流派です。

花柳流さんや若柳流さんなどは、一般的なイメージの「日本舞踊らしさ」が強いですが、市山流は、もっと芝居っぽい、歌舞伎っぽい、古典物が得手(えて)な流派ですね。

日本舞踊には熱を入れていなかった?

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うめざわ

そんな市山流の家に生まれた竹紫郎さんが日本舞踊を始めたのは自然な流れですね。

市山竹紫郎(たけしろう)さん

私は4つからお稽古を始めました。

でも、最初から日本舞踊に熱を入れていたわけではないんです。

5つ上の兄は3歳から始めていて、前進座の子役もやっていて、花柳徳兵衛師の手ほどきも受け活躍していました。宗家も二枚目でしたし、自分はかなわないと思っていました。

本当は踊りの道じゃなくて、子どもが大好きだったので、保父さんになりたかったんですね。

前進座とは・・・歌舞伎界の門閥制などに反発した中村翫右衛門、河原崎長十郎ら若手役者たちが、新しい大衆劇を目指して1931年に結成した。全国で公演を行い、レパートリーも歌舞伎・時代劇・現代劇・児童劇と多彩で、創設直後から「演劇のデパート」という異名をつけられて、幅広いファンの支持を得ている。

花柳徳兵衛(1908~1968)とは・・・昭和を代表する舞踊家として知られる。創作舞踊に実力を発揮し、舞踊団を結成して日本舞踊における群舞を開拓した。また「東村山音頭」の振り付けを担当したことでも著名。後進の育成にも尽力し、徳兵衛日本舞踊学校を設立するなどして多くの弟子を育てた。

保父さんの道を諦め、本格的に踊りの世界へ

市山竹紫郎(たけしろう)さん

いよいよ高校を卒業して進路を考える時期になったのですが・・・

保父さんになりたかったのですが、私は鍵盤楽器が全く弾けなかったんです。そのころは鍵盤楽器ができないと保父さんにはなれませんでした。

高校卒業後に保育の学校へ行ってもよかったのですが、保育士の世界は今以上に女性だけの世界で学校もほとんどが女性、大学へ進学も考えましたが、行きたかった大学の政治学科は、学生運動が真っ盛りの時期で内ゲバばかりやっていました。

「やれる仕事があるならやったほうがいい」という担任の先生のアドバイスや、父親も「お前やるか」と言ってくれたので、ここから本格的に踊りの道へ入りました。

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うめざわ

そういういきさつがあったんですね。世間の状況もあって、保父さんではなく、踊りの道を選ばれた、と。

外へ出て10年、修業を積む

市山竹紫郎(たけしろう)さん

4歳から踊りはやっていましたが、高校生活をエンジョイしていたため、ろくにお稽古していないもので、一度親元を離れて修業したほうがいいだろうということになり、花柳寿美(すみ)先生のお母さまである花柳宗岳(そうがく)先生へ預けられました。そこで10年くらい修業して、まったく知らない創作舞踊などもやらせていただきました。

その時の経験がなければ、今の自分はないと思います。

そのうちに父の代稽古などをするようになりまして、父が亡くなったのを機に柏で独立しました。

子どもに教えるのが天職。その機会がめぐってきた

保育園にて「さくらさくら」

子どもたちに教えるのが「天職」だという竹紫郎さん。一度は保父さんの夢を飽きらめましたが、その絶好の機会が巡ってきました。

市山竹紫郎(たけしろう)さん

保育園の園長になった弟子がおりまして、その保育園の初代理事長をされていたのが弟子のお母さま。その方から「園児たちを教えてくれないか」と言っていただきましてね。

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うめざわ

まさにぴったりのお仕事ですね。

市山竹紫郎(たけしろう)さん

ぴったりですよね。それからもう13年くらい、ずっと教えに行っているんです。いまは新型コロナウィルスの影響で教えに行けないのがなにより残念ですが。

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うめざわ

保育園ではどのように教えていらっしゃるんですか?

市山竹紫郎(たけしろう)さん

お稽古は月に二回行います。4歳児を30分、5歳児を30分。人数が少ない園では一緒にやることもあります。

いろんな子供たちがいますし年代によっても違います。引っ込み思案な年代もいれば、活発な子がそろっているときもある。

団体稽古なので2年くらいかかりますが、そうすると子どもたちの良いところが引き出せてきますね。


保育園で教える事がある「ドラえもん音頭」

日本舞踊を通じて、季節やしきたり、マナーを教える

市山竹紫郎(たけしろう)さん

お稽古では、日本舞踊を通じて、季節のことやしきたり、マナー等も教えます。

5歳になると一人一本、お扇子を持たせて、これはあおいじゃいけないんだよ、とか。要とか親骨のこととか。

そして、四季を通すことがとても大事です。日本舞踊に四季って一番大切ですよね。

「夏の食べ物ってなあに?」と旬の食べ物を教えたり、「冬の遊びってなにがある?」「おしくらまんじゅうって知ってる?」とか、「五節句」のこととか。

保育士さんも案外知らなくて言えなかったりするんですよね。逆に子どもが詳しくて驚かされることもあります。子どもに教えるのって、面白いですよね!

五節句(ごせっく)とは・・・一月七日(人日(じんじつ)の節句、または七草の節句)、三月三日(上巳(じょうみ)の節句、または桃の節句)、五月五日(端午の節句、または菖蒲の節句)、七月七日(七夕の節句、または笹竹の節句)、九月九日(重陽(ちょうよう)の節句、または菊の節句)のこと。

お師匠さん(おっしょさん)と呼ばれたい!

竹紫郎さんのお稽古場には、小学校の低学年から92歳までのお弟子さんがいらっしゃいます

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うめざわ

竹紫郎さんの、教える上でのこだわりを教えてください。

市山竹紫郎(たけしろう)さん

私は先生ではなく「お師匠さん(おっしょさん)」と呼ばれたいんです。

先生とお師匠さんの違いってなんだと思いますか?

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うめざわ

う~ん、なんでしょう?

市山竹紫郎(たけしろう)さん

私はそれをポリシーの違いだと思います。

先生は物事を教えてくれます。英語なら英語という学問を教えてくれる。

お師匠さん(おっしょさん)は、日本舞踊のことだけではなく、しつけとか、文化とか、生きざまなども含めて教えられる人だと思います。

お弟子さんも全面的に信用して来てくれる、それがお師匠さんだと思うんです。

自分がお師匠さんらしくあるために、どうしたらいいか常に考えてお弟子さんに接しています。

踊り初めの様子(芝増上寺)

若い人が日本舞踊を発信できる機会をつくりたい

現在、日本舞踊協会千葉県支部長も務められている

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うめざわ

これから日本舞踊界のために、やっていきたいことはありますか?

市山竹紫郎(たけしろう)さん

若い人が発信できる機会を作りたいですね。

昔、深川江戸資料館で月に一回、日本舞踊協会が公演をしていました。私も数年にわたって4,5回は出演して、そこで育てていただきました。

市山竹紫郎(たけしろう)さん

いまは空港の改装で中断してしまいましたが、日本舞踊協会千葉県支部で成田空港に掛け合って、外国人観光客向けに日本舞踊を見ていただく機会を作ったこともあります。

最初はみなさん、なんだかわからないけど始まったぞ、とあまり興味がないんですけど、しだいにのめりこんでくるのが見ていて分かるんですよね。この企画には千葉県ものってくれて、補助も出ていました。

日本舞踊を披露した成田空港のステージ

市山竹紫郎(たけしろう)さん

いま若い人にとって、そういう場所がないかなと思います。

日本舞踊に力はあるから、いかに発信するか、知っていただくか。なければ出向いていって市民の皆様にアピールするのもいいと思うんです。

街の劇団へ所作の指導をしたり、市民講座もいいだろうし、文化祭のようなところへ出るのも良いと思います。

そういう若い人の発信機会が作れるといいなと思います。

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うめざわ

実際にご自身で場づくりをされてきた竹紫郎さんだけに、説得力がありますね。

本日は貴重なお話をありがとうございました!

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