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日本舞踊が重要無形文化財の総合認定。ポイントは?

日本舞踊が重要無形文化財の総合認定。ポイントは?

日本舞踊保存会が、重要無形文化財の「総合認定」を受けました。これまで重要無形文化財として認定されてた舞踊は、「歌舞伎舞踊」「京舞」「琉球舞踊」の3つでしたが、ここに「日本舞踊」が加わります。

令和5年7月21日
文化審議会(会長佐藤信)は、令和5年7月21日(金)に開催された同審議会文化財分科会の審議・議決を経て、別紙のとおり重要無形文化財の指定及び保持者の認定等について、文部科学大臣に答申しましたので、お知らせします。

この結果、官報告示の後に、各個認定に係る重要無形文化財の指定件数は71件、各個認定の保持者数は109名となる予定です。
詳しくは、別紙の資料「I.答申内容」「II.解説」「III.参考」を御覧ください。

文化審議会の答申(重要無形文化財の指定及び保持者の認定等)(文化庁HP)

この記事では、日本舞踊の重要無形文化財認定を受け、そもそも重要無形文化財とは何か、総合認定とは何か(なぜ『保存会』が認定を受けるのか?)、筆者が考える認定のポイント、重要無形文化財認定で今後、日本舞踊はどうなるのか?について解説します。

これまで、歌舞伎舞踊や上方舞、京舞において、日本舞踊家に重要無形文化財の各個認定(優れた個人に対して認定されるもの)がなされた前例はありますが、「日本舞踊」として重要無形文化財が指定されたのは初となります。「歌舞伎舞踊」に限らず、素踊りや、舞踊のために開曲された舞踊曲群の重要性、芸術的・歴史的価値が認められた形となります。

そもそも「重要無形文化財」とは何でしょうか。

演劇、音楽、工芸技術、その他の無形の文化的所産、いわば、優れた「わざ」で、日本にとって歴史上または芸術上価値の高いものを「無形文化財」と言います。無形文化財は、そのわざを体得した個人や、個人の集まりによって体現されます。

国は、無形文化財の中でも、特に重要なものを「重要無形文化財」に指定し、そのわざを高度に体得した個人、またはその集まりを、保持者、保持団体に認定し、伝承を図っています。

ちなみに、「個人」を認定する「各個認定」を受けた人は通称「人間国宝」とも呼ばれています。

さて、「重要無形文化財」といっても、実は認定の仕方によって3種類があります。

「各個認定」…「わざ」を高度に体得し体現している個人を個別に認定
「総合認定」…2人以上の者が一体となって「わざ」を体現している場合に、保持者の団体の構成員を総合的に認定
「保持団体認定」…「わざ」の性格上個人的特色が薄く、かつ、多数の者が体得している「わざ」が全体として1つの無形文化財を構成している場合に、その人々が構成員となっている団体を認定

確固認定

これまでも複数の日本舞踊家が、各個認定を受けています。いわゆる「人間国宝」です。

歌舞伎舞踊
七代目坂東三津五郎、初代花柳壽應、二世藤間勘祖(認定時は六世藤間勘十郎)、藤間藤子、二代目花柳壽楽、花柳寿南海、十代目西川扇藏

上方舞
山村たか、吉村雄輝

京舞
四世井上八千代、五世井上八千代

しかし、これらは「歌舞伎舞踊」「上方舞」「京舞」としての認定であって、それらを包括する概念である「日本舞踊」は、これまで重要無形文化財とはなっていませんでした。

総合認定

今回、日本舞踊保存会が受けたのが「総合認定」です。

2人以上の者が一体となって「わざ」を体現している場合に、保持者の団体の構成員を総合的に認定する、というものです。「日本舞踊保存会」が認定を受け、団体構成員の56名が保持者となりました(記事末に一覧を掲載しております)。

日本舞踊保存会以外には、以下の団体が認定を受けています。

宮内庁式部職楽部(雅楽)
社団法人・日本能楽会(能楽)
人形浄瑠璃文楽座(人形浄瑠璃文楽)
社団法人・伝統歌舞伎保存会(歌舞伎)
伝統組踊保存会(組踊)
義太夫節保存会(音楽)
常磐津節保存会(音楽)
一中節保存会(音楽) 
河東節保存会(音楽)
宮薗節保存会(音楽)
荻江節保存会(音楽)
琉球舞踊保存会(舞踊)
清元節保存会(音楽)
伝統長唄保存会(音楽)

保持団体認定

「わざ」の性格上個人的特色が薄く、かつ、多数の者が体得している「わざ」が全体として1つの無形文化財を構成している場合に、その人々が構成員となっている団体を認定するものです。これは、複数の工程を分業する職人さんたちよって成り立つ、工芸などが認定されます。陶芸の「柿右衛門」や「小鹿田(おんた)焼き」、染織の「伊勢型紙」や「久留米絣」「宮古上布」、漆芸の「輪島塗」などがあります。

認定のポイント

なぜ日本舞踊が重要無形文化財に認定されたのでしょうか。

少し長いですが、文化審議会の答申の「II.解説」から日本舞踊の概要を引用します。

日本舞踊は、主に江戸・東京の歌舞伎において初演された歌舞伎舞踊や、京阪において主に座敷舞として発展した 京舞及び上方舞から構成された、我が国の伝統的な舞踊である。演目としては18世紀以降につくられた歌舞伎舞踊が多くの割合を占めるが、劇場振付師や舞踊師匠たちを中心に伝承されてきた点、また衣裳付の上演のみならず、本衣裳を排し、より踊り手の技芸に表現の重点をおいた、素踊りも重要な上演形態となっている点など、歌舞伎を離れた独自の歴史や芸術上の表現を有している。

上演にあたっては、立方とともに、長唄、常磐津節、清元節、義太夫節、地歌など演奏を受け持つ地方も不可欠な構成要素となっており、御祝儀物と呼ばれる素踊りの演目群に代表されるように、演奏用に開曲された曲に振付を加えた演目も、主要な伝承曲となっている。

歴史的には、例えば江戸時代初期の女歌舞伎のように、我が国には女性芸能者による舞踊の系譜があったが、日本舞踊においても、歌舞伎の舞踊(所作事)、あるいは京阪の舞を歌舞伎役者や劇場振付師等から習得し、一般の子女に伝承する役割を果たした舞踊師匠には、女性が多く活躍した。そして劇場振付師、所作事に秀でた歌舞伎役者、大名家等へ出入りして歌舞伎や舞踊を見せた女性たちである御狂言師を母胎とし、西川流、藤間流、坂東流、花柳流、若柳流等の流派も誕生するようになった。京阪では井上流、山村流、吉村流等が生まれている。明治以降になると、家元・宗家や舞踊師匠のなかからは、教授活動のみならず舞踊家として劇場の舞台に立つ人々も現れ、日本舞踊はより芸術的に洗練されて現在に至る。

以上のように、日本舞踊は、芸術上特に価値が高く、芸能史上特に重要な地位を占めるものである。 

歌舞伎舞踊、京舞及び上方舞を包括する概念としての日本舞踊が定義づけられた

これまで重要無形文化財として認定された舞踊は、「歌舞伎舞踊」「京舞」「琉球舞踊」の3つでした。ここに「日本舞踊」が加わります。そして日本舞踊は、さきほど引用した概要「主に江戸・東京の歌舞伎において初演された歌舞伎舞踊や、京阪において主に座敷舞として発展した 京舞及び上方舞から構成された、我が国の伝統的な舞踊」にもあるように、歌舞伎舞踊や京舞を構成要素の一つとする包括的な舞踊として定義づけられました。

日本舞踊は明確な定義がない言葉で、歌舞伎舞踊との使い分け、江戸の舞踊と上方の舞踊、衣裳付と素踊りなど複数の概念が混在しておりましたが、今回、一旦、国による定義がなされたことで、これらの議論は収束するものと思われます。

「素踊り」の重要性が明記された

素踊りの重要性について言及されたのも目を引きます。文化庁の国指定文化財等データベース歌舞伎舞踊の解説を見てみましょう。

歌舞伎舞踊は、江戸時代に歌舞伎の中で演じられるようになった舞踊や舞踊劇の伝統を継承しつつ、後に歌舞伎から独立して演じられるようになったものである。歌舞伎舞踊は、江戸時代初期に、それ以前から行われてきた舞踊をもとに始まり、歌舞伎の発展とともに、まず女方が中心になり、後に男役も踊るようになった。現在、いわゆる舞踊家によって伝承されるようになっている。歌舞伎舞踊は、長い歴史を通じて芸術的に洗練され、また能や狂言から題材を取るなど多様な内容をもち、芸術上特に価値が高く、芸能史上も特に重要な地位を占めるものである。

歌舞伎舞踊は、「歌舞伎の中で演じられるようになった舞踊や舞踊劇の伝統を継承しつつ、後に歌舞伎から独立して」とあります。日本舞踊の説明では、「歌舞伎を離れた独自の歴史や芸術上の表現」となっており、より、日本舞踊のオリジナリティを強調する文章となっています。また、素踊りの例として御祝儀舞が挙げられており、日本舞踊における御祝儀舞の重要性、独自性を明記した形となります。

「舞踊師匠」の役割が明記された

「一般の子女に伝承する役割を果たした舞踊師匠には、女性が多く活躍した」とあり、プロの舞踊家だけでなく、町の舞踊師匠が、日本舞踊という芸能の普及と伝承に大きな役割を果たしたことが明記されました。このような「舞踊師匠」の重要性がはっきりと認識されたことは、今後の日本舞踊の継承・発展を見通すうえでも重要だと考えます。

町の日本舞踊稽古場は、技芸伝承の場であると同時に、習い事として広く地域の社会教育の一端をになってきた側面もあります。町師匠の文化的位置づけ、社会的位置づけを明確にすることで、より、日本舞踊の魅力を訴求することができるでしょう。

担い手減少を受けての認定という側面

重要無形文化財認定は、文化財保護法に基づいて行われます。文化財保護法は、昭和25年に制定された法律で、「無形文化財のうち特に価値の高いもので国が保護しなければ衰亡する虞(おそれ*筆者注)のあるものについては(中略)適当な助成の措置を講じなければならない」という思想から、次第に、「衰亡」の恐れが少なくても、積極的に文化財認定を行い、価値を認めていこう、と変化してきた経緯があります(参考:第 2編文化財保襲の歩みと現状 第 6章 無形文化財の保護(文化庁))。

しかしながら、日本舞踊の担い手が減少傾向にあることは自明であり、この減少に歯止めをかけ、末永く日本舞踊が伝承されるための認定、という側面も当然ながらあると考えます。以下は日本舞踊協会の会員数の推移です。2014年から2021年にかけて会員数は4,969人から3,777人へ、1,192人、割合にして24%減少しています。

重要無形文化財認定でどうなる

重要無形文化財認定後に、具体的にどのような動きが生まれるのか、日本舞踊保存会や、日本舞踊協会等からはまだ明確なコメントは出ていません。しかし、日本舞踊保存会による何らかの伝承事業が開始されるものと思われます。

重要無形文化財に認定された保存会には、文化庁からその事業において、文化財補助金が交付されます。

補助の例

重要無形文化財等伝承事業費国庫補助要項
(1)伝承者の養成…伝承者の養成を目的とする研修会、講習会の開催及び実技指導
(2)研修発表会… 伝承者の養成事業による研修等の成果の発表会
(3)資料の収集整理(文化財保護法第71条の重要無形文化財に限る。)
など10項目にかかる経費

重要無形文化財等公開事業費国庫補助要項
(1) 国家指定芸能特別鑑賞会
(2) 日本伝統工芸展
事業費やその他事務経費などを補助。

その他一覧「文化財補助金関係要項

どのような事業を行うのかについては、広く議論が待たれます。

日本舞踊に近しい業界で、すでに重要無形文化財認定を受けている「常磐津」や「清元」「伝統長唄」の保存会の例をみると、育成事業として講習会や、公演事業などを行っているようです。日本舞踊も同様に、保存会が主体となり文化財補助金を活用して、伝承者の育成や、舞踊会の開催、資料の収集や啓発活動を行っていくことが考えられます。

保存会以外の舞踊師匠、舞踊家にとっては、保存会の事業へ参画する、また、「重要無形文化財認定」を最大限活かし、自身の活動や教室のプロモーション、営業に活用することが考えられます。これまで日本舞踊は形式においては古典と新作、音楽においても古典邦楽と現代音楽(童謡、アニメ、JPOP、洋楽など含む)など複数のカテゴリにまたがっており、定義があいまいな状態が続いていました。通例としてはこの状態は当面継続すると思われますが、今回の認定によって日本舞踊の定義がある程度明確になることで、いわゆる「古典日本舞踊」に属する舞踊家、教室は、訴求力がより増すことが予想されます。

日本舞踊の重要無形文化財保持者 一覧

最後に、2023年7月21日時点での日本舞踊の重要無形文化財保持者一覧を掲載したします。

引用:「文化審議会の答申(重要無形文化財の指定及び保持者の認定等)Ⅰ.答申内容

立方(たちかた)40名

保持者氏名 芸名 生年月日(年齢) 住所
白城圭子 尾上菊音 大正12年4月17日(満100歳) 東京都
吉田保雄 花柳與 昭和8年1月1日(満90歳) 大阪府
大木敬三 藤間秀嘉 昭和8年11月7日(満89歳) 東京都
本多仁見 尾上菊見 昭和9年5月2日(満89歳) 兵庫県
菊池澄男 花柳錦吾 昭和10年10月12日(満87歳) 東京都
澤口彰男 花柳寿彰 昭和11年3月6日(満87歳) 東京都
渡辺紀美子 坂東勝友 昭和15年4月3日(満83歳) 東京都
岩井瑠美子 藤蔭静枝 昭和15年5月24日(満83歳) 東京都
服部洋子 藤間洋子 昭和16年5月27日(満82歳) 東京都
篠﨑良子 橘芳慧 昭和16年8月6日(満81歳) 東京都
大橋萬壽子 花柳寿美 昭和16年10月1日(満81歳) 東京都
堀越豊 猿若清方 昭和16年10月27日(満81歳) 東京都
藤間昭 松本白鸚 昭和17年8月19日(満80歳) 東京都
羽鳥紀雄 尾上墨雪 昭和18年4月6日(満80歳) 東京都
下川文一 若柳彦三衛門 昭和18年7月29日(満79歳) 埼玉県
柳田眞吾 若柳宗樹 昭和18年11月29日(満79歳) 東京都
土屋勝美 尾上菊紫郎 昭和21年10月23日(満76歳) 東京都
田村憲 西川扇二郎 昭和22年1月31日(満76歳) 群馬県
太田信子 楳茂都梅咲弥 昭和22年9月21日(満75歳) 大阪府
中原弘 吉村輝章 昭和22年10月18日(満75歳) 東京都
原嶋文子 吾妻寛穂 昭和23年7月31日(満74歳) 東京都
川田純子 市山七十郎 昭和23年9月12日(満74歳) 新潟県
樋田光 藤間勘左 昭和27年2月6日(満71歳) 東京都
恩田亘 五條珠實 昭和27年9月5日(満70歳) 東京都
竹内正世 若柳壽延 昭和28年7月20日(満70歳) 京都府
名取京子 泉徳右衛門 昭和30年10月26日(満67歳) 神奈川県
柴﨑良 太花柳翫一 昭和31年6月30日(満67歳) 東京都
觀世三千子 井上八千代 昭和31年11月28日(満66歳) 京都府
林英津子 吾妻徳穂 昭和32年11月7日(満65歳) 東京都
石川光江 中村梅彌 昭和32年12月12日(満65歳) 東京都
西川均 西川箕乃助 昭和35年2月1日(満63歳) 東京都
露木雅 弥花柳輔太朗 昭和35年2月23日(満63歳) 東京都
山本惠 都子藤間恵都子 昭和35年12月27日(満62歳) 神奈川県
前田由香 水木佑歌 昭和36年4月4日(満62歳) 東京都
田中裕士 藤間蘭黄 昭和37年11月6日(満60歳) 東京都
常盤基 花柳基 昭和39年4月7日(満59歳) 東京都
山村武 山村友五郎 昭和39年4月27日(満59歳) 大阪府
加藤勇 市山松扇 昭和42年2月25日(満56歳) 東京都
青山典裕 花柳寿楽 昭和42年3月12日(満56歳) 東京都
竹内英雄 若柳吉蔵 昭和45年1月10日(満53歳) 京都府

邦楽16名

分野 氏名 芸名 生年月日(年齢) 住所
長唄(唄) 村治 杵屋勝四郎 昭和34年1月3日(64歳) 東京都
長唄(三味線) 高野修 今藤美治郎 昭和35年3月30日(63歳) 東京都
長唄(三味線) 深澤恒夫 杵屋栄八郎 昭和42年7月5日(56歳) 東京都
長唄(鳴物) 長尾光弘 藤舎呂英 昭和41年7月7日(57歳) 東京都
長唄(鳴物) 安倍宏 堅田新十郎 昭和42年7月27日(55歳) 東京都
常磐津節(太夫) 井筒泰弘 常磐津一佐太夫 昭和17年9月14日(80歳) 京都府
常磐津節(三味線) 藤堂誠一郎 常磐津文字蔵 昭和27年12月23日(70歳) 東京都
常磐津節(三味線) 石川耕治 常磐津菊寿郎 昭和37年2月6日(61歳) 東京都
清元節(太夫) 小柳吉弘 清元美寿太夫 昭和18年1月29日(80歳) 東京都
清元節(太夫) 長谷川茂 清元梅寿太夫 昭和23年4月21日(75歳) 東京都
清元節(三味線) 新野祐三 清元菊輔 昭和32年8月4日(65歳) 東京都
義太夫節(太夫) 上田悦子 竹本駒之助 昭和10年9月25日(87歳) 神奈川県
義太夫節(三味線) 立花繭子 鶴澤津賀寿 昭和32年8月12日(65歳) 東京都
地歌 奥寺光治 菊原光治 昭和22年6月12日(76歳) 大阪府
地歌 八田清隆 富山清琴 昭和25年6月11日(73歳) 東京都
箏曲 後藤裕枝 米川敏子 昭和25年10月7日(72歳) 東京都