長唄「岸の柳」歌詞と解説
日本舞踊でおなじみの長唄「岸の柳」の歌詞と解説です。

長唄「岸の柳」の解説
江戸から昭和初期にかけて栄えた花街・柳橋(現東京都台東区柳橋)の芸妓を歌った唄です。
いまはマンションが立ち並ぶ柳橋も、かつては風光明媚な江戸の奥座敷として江戸市中の文化人や商人に親しまれてきました。最盛期であった1928年(昭和3年)には、料理屋、待合あわせて62軒、芸妓366名の大規模を誇っておりました。
明治期には新興の新橋とともに「柳新二橋」(りゅうしんにきょう)と呼ばれ、当時は断然、柳橋の方が格上でした。技芸に優れた柳橋の芸妓衆は、新橋演舞場や明治座に出演し芸を披露していたといいます。
朝妻をもやひ船…朝妻とは琵琶湖を航行していた「朝妻船」、もやひ船とは2人で乗ること。君に近江は、「逢う身」の掛詞です。目の前の隅田川と琵琶湖のイメージが入り交じり最後に虹の架橋両国橋に戻ってきます。
今はなくなってしまった花街の風情と人間模様を伝える一曲です。

長唄「岸の柳」の歌詞
筑波根(筑波嶺)の姿涼しき夏衣
若葉にかへし唄女が
緑の髪に風薫る柳の眉のながし目に
その浅妻をもやひ船
君に近江と聞くさへ嬉し
しめて音締めの三味線も
誰に靡く(なびく)ぞ柳橋
糸の調べに風通ふ
岸の思ひもやうやうと届いた棹に
家根船(屋根船)の簾(すだれ)ゆかしき顔鳥を
好いたと云へば好くと云ふ
鸚鵡返しの替唄も
色の手爾葉(てには)になるわいな
しどもなや
寄せては返す波の鼓(つづみ)
汐のさす手も青海波(せいがいは)
彼(か)の青山の俤(おもかげ)や
琵琶湖をうつす天女の光り
その糸竹の末長く
護り給へる御誓ひ
げに二つなき一つ目の
宮居も見えて架け渡す
虹の懸橋両国の
往来絶えせぬ賑ひも
唄の道とぞ祝しける