清元「幻お七」歌詞と解説
清元「幻お七」解説
好きな人に会いたいと思うあまり狂い、罪を犯してしまうお七という娘の舞踊曲です。
「stand.fm」にて、音声解説始めました。音声で聞きたい方はこちらをどうぞ。
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「八百屋お七」とは?
松竹梅湯嶋掛額(八百屋お七)月岡芳年
舞台演出の過程で考案された、炎をあげる町を下に、お七が火の見櫓に登り、半鐘を打ち鳴らす場面は「お七」のシンボルとなった。
「八百屋お七」とは、江戸時代に実際にあった放火事件を元にした物語で、井原西鶴が「好色五人女」の中で取り上げ有名になりました。「幻お七」の原作とも言えるものです。
今回解説する「幻お七」を初め、多くの文学作品や舞台作品の題材となり、今でも人気があります。
「八百屋お七」のあらすじ
主人公「お七」は、江戸の町・本郷の八百屋の一人娘です。師走のある晩、お七の家は火事にあい、一家は焼け出されてしまいます。
仮の住まいとして近くの寺に身を寄せることになったお七は、そこで寺小姓の吉三と知り合います。吉三の指に刺さったとげを抜いてやったことをきっかけに二人は親しくなり、恋に落ちました。
やがてお七の家は再建され一家は寺を出ますが、お七は吉三のことがどうしても忘れられません。
「吉三様とまた会いたい。」
お七は、家が火事になれば、また寺に行って吉三に会える、という考えに憑りつかれてしまい、ついに火付け(放火)の罪を犯します。火付けの現場で捉えられたお七は、市中引き回しの上、火あぶりの刑に処せられてしまいます。
「幻お七」のあらすじ
この作品では、恋人を想うあまり吉三の幻を見て、雪の降りしきる中、幻を追って櫓へ登っていくお七の姿が描かれます。
再建された家に戻ったお七は吉三のことが忘れられません。羽子板の絵を見てはそれに吉三の姿を重ね、自分の嫁入り姿を想像しては物思いに耽ります。
あまりの吉三会いたさに、お七はついに気が狂い、吉三の幻を見ます。吉三が何者かに連れ去られる幻を見たお七は、その幻を追って、降りしきる雪の中、火の見櫓へ登っていきます。
お七の部屋のシーン
「偲ぶ押絵の羽子板にいとしらしさの片えくぼ」では吉三に似た押絵にうっとりしています。
「あるかなしかのとげさえも」の部分でお七は吉三の指に刺さった棘を、緊張して震える手で抜いたという二人の馴れ初めを懐かしみます。
トゲ抜きの場面。吉三(左)の指に刺さったトゲをお七の母(中央)が抜こうとしている。母は老眼でうまくいかず、お七(右)がトゲを抜いてやる。庭には火事で運び込まれた、お七一家の家財道具が並べられている。(井原西鶴『好色五人女』より
火の見櫓のシーン
歌川豊国によるお七
吉三を想うあまり、次第に狂っていくお七ですが、「おお お前は吉さま」の部分で、ついに吉三の幻が目の前に現れます。
さらに、吉三が連れ去られる幻を見たお七は「アレアレ吉様を連れて何処へ ええ憎い恋知らず 返しゃ 戻しゃ」と幻を追って行きます。
火の見櫓に連れ去られた幻の吉三を助けるため、雪の中、櫓を登ったお七は太鼓のバチで吉三を連れ去った犯人を懲らしめようとするところで幕となります。
「八百屋お七」のように実際に火をつけるシーンは「幻お七」には出てきません。それは、あくまでも、吉三を想うお七の恋心に焦点を当てたかったからでしょうか。
しかし最後には「放火の刑で殺されてしまう」という悲劇性が、「一足ずつに消ゆる身の果は紅蓮の氷道」(一歩ずつ死に近づいているその歩みは、紅蓮地獄へ続く氷の道にある、という意味)という言葉ではっきりと示されます。
「幻お七」の魅力
会えない恋人を想い幻を見るまでに狂ってしまい、罪を犯してしまう悲劇性が幻お七の魅力です。
原作初演は櫓の場面のみでしたが、いまでは今回紹介した、お七の部屋と櫓の2つのシーンで舞台が構成されることが当たり前となりました。これも、人気がゆえに様々な演出が試みられた結果でしょう。
作品情報
作曲者 | 三世・清元梅吉 |
作詞者 | 木村富子 |
初演情報 | 初演年月 1930年10月(昭和五年)清元流研究会第41回にて発表(帝国ホテル演芸場) |
大道具 | 第一場 お七の部屋の場面 第二場 櫓のある場面 |
小道具 | 羽子板(吉三人形)、あんどん、こたつ、ふとん、本ぼっくり、手拭など |
衣裳 | 着付 紫地に梅花と結び文模様、黒襟(被せ仕立) 襦袢 赤襟丸じばん 帯 赤地、中筋板〆め、振帯(或は薬玉模様) 小裂 足袋(白) 引き抜いて 段鹿子 |
かつら | 結綿 |
清元「幻お七」歌詞
恋風にほころび初めし初ざくら
花の心も白雪のうきが上にも振り積みて
解けぬゆうべのもつれ髪
いつか人目のすき油
おもい丈長むすび目も
しどけなり振りかの人を
偲ぶ押絵の羽子板にいとしらしさの片えくぼ
そっと突いて品遣り羽子も
二つ三つ四ついつの日に
逢わりょうものぞ逢いたさに
無理に湯島の神さんへ
梅も断ちましょ白桃に
妹背わりなき女夫雛
あやかりたさの振袖に
誰が空焚きの移り香や
あるかなしかのとげさえも
ふるう手先に抜きかねる
寂莫(しじま)がえんのはしわたし
のぼりて嬉し恋の山
お七「おおさっても美事な嫁入りの」
花の婆や伊達衣装
いと土器の三つがさね
岩井さざめく その中に
うちの子飼の太郎松が
ませた調子の小唄ぶし
誰に見しょとて五百機の
褄をほろほろ吹く春風に
あろうつつなの花吹雪
狂う胡蝶や陽炎の
燃ゆる思いもそのままに
今はかいなき仇枕
逢うて戻れば千里も一里
逢わでもどればまた千里
ほんにえ
夢の浮世にめぐり逢い
おもい合うたるその人の
おもかげ恋し人恋し
逢いたや見たやと娘気の
お七「おお お前は吉さま」
狂い乱れて降る雪に
それかあらぬか面影の
かしこに立てば
そなたへ走り
ふっと見上ぐる櫓の太鼓
お七「アレアレ吉様を連れて何処へ ええ憎い恋知らず 返しゃ 戻しゃ」
打つやうつつか幻を
慕う様子の踏みどさえ一足ずつに消ゆる身の
果は紅蓮の氷道危うかりける(次第なり)
ライター:伊東ちひろ
仕事が落ち着き、何かしたいなと思っていた頃、日本舞踊の動画を見たことがきっかけで即入門。OLをしながら週1でお稽古に通う。着物も大好き。「もうこれ以上着物は増やさない!!」と何度誓ったのか、わからない。好きな演目は「京の四季」。