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所作のすべては日本舞踊から~日本唯一の女形芸者 まつ乃家栄太朗~

所作のすべては日本舞踊から~日本唯一の女形芸者 まつ乃家栄太朗~

日本唯一の女形芸者であり、大井海岸の芸者置屋「まつ乃家」の女将を務める、まつ乃家栄太朗さんにインタビューしました。

小さい頃から日本舞踊や芸事を学び、10歳でお座敷デビュー。お母さまである先代女将まり子さんが亡くなったあと、「まつ乃家」を引き継ぎ、大井海岸の花街の伝統を守っていらっしゃいます。

大井海岸の花街とは・・・東京都品川区。JR大森駅、京急大森海岸駅周辺。大井海岸は明治から昭和にかけて、特に栄えた芸者街で、多い時には200~300人の芸者さんたちがいたそうです。現在でも数件の置屋さんがあり、「まつ乃家」もその一つです。

今回は芸者さんの芸の一つ「踊り」を中心に、お座敷のことや、芸者文化の未来について伺いました。

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うめざわ

お忙しいところありがとうございます。今日はよろしくお願いします!

まつ乃家 栄太朗(まつのや えいたろう)プロフィール

大井海岸 芸者置屋 まつ乃家の二代目女将、栄太朗と申します。
実母である先代女将の大森海岸の花柳界復興という夢を継ぎ、お座敷に上がりながら芸道に精進しております。

日本で唯一の女形芸者としてTVや雑誌、新聞などのメディアにも多数取り上げて頂いておりますので、知って下さってる方もいらっしゃるかもしれません。

私も気がつけば今年で女将として10年目に差し掛かりますが、
これからも大井海岸に限らず花街全体の活性化のために尽力して参ります!

最初はものに釣られてお稽古スタート。始めた当時は・・・

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うめざわ

栄太朗さんはお座敷で踊りを披露されることも非常に多いと思いますが、日本舞踊のお稽古はいつごろから始められたんですか?

まつ乃家 栄太朗さん

お稽古事で最初に習ったのが日本舞踊で、8歳くらいから始めました。お座敷に出るための練習ですね。最初はお稽古をすると何か買ってもらえるから、というようなきっかけでしたね。

初舞台も他の人と違って、10歳の時に白塗りをして、酒席で踊るというのがデビューだったので、特徴的だと思います。

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うめざわ

子供のころは、踊りはお好きでしたか?

まつ乃家 栄太朗さん

踊りが好きか、ということは子供の時は、まったくわからなかったですね。

「踊りを踊っている」「踊りを楽しむ」というよりは、「やらなくてはいけないんだ」という意識でした。「学校に行く、テスト勉強をするのが当たり前」という小学生の学びに近い感覚でしょうか。

なんのために勉強するかわからないけど、勉強するじゃないですか。私もそのころは、楽しいかどうかはわからないけど、お座敷に出なきゃいけないから踊る、という感じですね。やれば親は喜びますし、褒められますし。

まつ乃家 栄太朗さん

「踊りを踊っている」「踊りを楽しむ」ということを意識し始めたのは、中学、高校くらいになってからですね。自分の身体が動くようになって、感情など複雑な表現ができるようになったり、歴史的背景を理解するようになってからです。

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うめざわ

なるほど。日本舞踊の先生に取材すると、みなさんまず間違いなく、「楽しかった」「小さい頃は嫌いだった」など、好き嫌いの思い出をお持ちです。

栄太朗さんの場合は、家業として踊りをやっていたから「楽しむ」というより、「やるのが当たり前」という環境だったんですね。

お座敷デビューの時は覚えていらっしゃいますか。

まつ乃家 栄太朗さん

はい、もちろん。

場所は料亭さんで、そのときは緊張したというよりは「なんでこんなことをしてるのかな?」と思ったのを覚えています。知り合いでもお友達でもない、知らない人の前、4人~5人くらいの前で、踊りを踊るなんて、って不思議な感覚が残っています。

お座敷とホールでの踊り、最大の違いとは?

島の千歳(2015年 第4回まつ乃家をどりにて)

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うめざわ

お座敷デビュー当時は、誰もが女の子だと思っていたというエピソードもお聞きしています。

栄太朗さんは花柳流の師範さんでもあります。国立劇場などでも踊りを披露されたことがあるということですが、ホールでの踊りと、お座敷での踊りの、一番の違いは何ですか?

まつ乃家 栄太朗さん

まったく別物だと感じますね。

ホールでの踊りは、舞台も照明が暗かったり、周りが見えないじゃないですか。ですので、自分との戦いになります。

お座敷は明るく、お客さんが近いので、「人前で踊っている」緊張感があります。

そして、お座敷での踊りは「余興」。お客様の酒席のお楽しみの一つです。お客様の中には踊りを見に来る人もいるし、そうでない人もいる、というもの大きな違いですね。

まつ乃家 栄太朗さん

踊り方も違います。

踊りのルーツは、足を踏み鳴らして神々を目覚めさせることにあるといわれていますが、お座敷では、逆にほこりを立てないとか、バタバタしてはいけないとか。お座敷の踊りは「立って半畳、寝て一畳」とも言われます。

「芸事」の社会的な位置づけの変化

踊りだけではなく、鼓も師範の腕前(福原流)
もちろん唄、三味線もこなす栄太朗さん

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うめざわ

余興とはいえ、昔は芸のことをわかっていらっしゃるお客様が多かったとよく聞きます。

まつ乃家 栄太朗さん

お座敷に来る方で、自分でも芸事をされている、という方がほぼ100%というくらい、いらっしゃいました。芸事をお座敷で披露することで芸者衆にも褒められますし、腕試しもできますし。

いまでいうとみんなでカラオケに行くように、みんなでお座敷に集まって三味線を弾いて唄をうたってどんちゃん騒ぎ、みたいなことがありました。

まつ乃家 栄太朗さん

着物でも、最近だと、家に着物が一枚もない、両親も持っていないという家もあります。100年ほど前まではみんな着物を着ていたのに、たった100年で、ここまできてしまいましたね。

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うめざわ

私も、昔は接待の席で、三味線の一つ、踊りの一つもできないとね、といわれていたという話を聞いたことがあります。「大人のたしなみ」のひとつだったんでしょうね。

日本舞踊を通じて学んだこと、今の身になっていると感じることは何ですか?

日本舞踊を通じて学んだことは「動きのすべて」

まつ乃家 栄太朗さん

一番は所作ですね。日ごろ生きていくうえでも、お座敷でも、まつ乃家栄太朗としての動きの基本は、日本舞踊です。

身体を動かすということを、ぼーっと考えずに動くのではなく、日本舞踊のエッセンスを生かして動かすとか、歩く、まわる、走る、すべて日本舞踊から発展させています。

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うめざわ

芸者さんとしての、芸に対するこだわりを教えてください。

まつ乃家 栄太朗さん

お座敷での踊りは、日本舞踊というより、お座敷舞踊に近いのですが、大きく、わかりやすい表現をするというよりは、あまり動かない「静」の部分が多くなります。

大きな舞台で大きな動きで表現するより、お座敷のように小さな舞台で小さな動きで表現することが難しいと思うので、「静」の動きの中で、そこでいかに表現するか、というのがこだわりですね。

芸者さんの踊りは師匠である花柳豊三郎先生が、お座敷に合うように直してくださるのだそう。
まつ乃家の芸者さんは栄太朗さん自らが所作や踊りも指導している。

「今日は、いい会だったな」のために芸者さんがいてくれる

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うめざわ

栄太朗さんが考える、芸者さんの役割は何ですか?

まつ乃家 栄太朗さん

芸者衆は、宴会を回す潤滑油のようなものだと思います。

例えば、忘年会や新年会といった会で、会話が続かないだとか、逆に、続けるために自分がすごく頑張らなきゃいけないだとか、上司の相手をしなきゃいけないだとか、あるじゃないですか。

そういう場に芸者が入ることで、会がもっと楽しくなる、誰かの聞き役に回ってくれるなど、会が終わって、「今日は、いい会だったな」「楽しい会だったな」と思ってもらえるように、芸者衆がいるんです。

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うめざわ

「お座敷遊び」というとおじさんのイメージがありますが、まつ乃家さん、栄太朗さんには、若い女性ファンもいらっしゃいます。それはきっと、いまおっしゃったように「この会をやってよかった」と思えるからこそなんでしょうね。

コロナでも・・・これからのために取り組んでいること

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うめざわ

現在、新型コロナウィルスの影響で大変な時期かと思いますが、現在、取り組まれていることはありますか。

まつ乃家 栄太朗さん

どうしても今は宴会が難しい時期(2021年2月現在)なので、どういう見せ方がこの時期に、この時代にフィットするんだろうと考えています。

いまはいろんなことをやって、私たちのコンテンツを見ていただいて「コロナが落ち着いたら必ずお座敷を見に行こう」と思ってもらえることを準備しておく、種まきの期間だと思っています。

2020年も様々な取り組みに挑戦されている栄太朗さん

Bar Tenderlyとのコラボ「Geisha Bar」

割烹料理だら毛とのコラボ「Geisha Experience」

YoutubeなどSNSでの発信

まつ乃家 栄太朗さん

コロナ以前は、テンプラ、ゲイシャ、というくらい、芸者文化は日本を象徴するもので、なくならないと思っていました。

でも、コロナになって、時代に淘汰されるものがたくさんある世の中で、「マスクをしなければいけない」「何人以上の会食は避けましょう」「酒席はよくない」という世の中で、芸者文化はなにもしなければ淘汰されてしまう対象じゃないかな、って。

長期的に、芸者文化を残していくために、応援してくれる人を増やすために、この文化を育てていかなければいけないと思います。

まつ乃家 栄太朗さん

育成にも力を入れています。こんな時期でも、芸者になりたい、がんばりたいと言ってきてくれている子がいます。お客様が戻ってきてくださるために、いまできることに取り組んでいきます。

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うめざわ

本日は貴重なお話をお聞かせくださり、ありがとうございました。

栄太朗さんはSNSなどでも積極的に活動を発信されています。みなさん、ぜひフォローしてみては?

今注目の音声SNS「Clubhouse(クラブハウス)」にも積極的に取り組んでいる。リアルタイムのコミュニケーション力は芸者の腕の見せ所だ。フォローしておくと、普段聞けない話が聞けるかも?