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長唄「俄獅子(にわかじし)」歌詞と解説

長唄「俄獅子(にわかじし)」歌詞と解説

長唄「俄獅子(にわかじし)」の歌詞と解説です。

廓の賑やかで派手な行事の様子や、遊女と客の男達との恋模様の様子が艶やかな描写で表現されています。

長唄「俄獅子(にわかじし)」解説

「俄」とは、秋の吉原の(仁和賀)という年中行事の一つ。

新吉原俄獅子之図(豊原国周)

八月一日から晴天三十日間、芸者の踊りや幇間(ほうかん。宴席で場を盛り上げる男性の芸者。太鼓持ちともいう)の茶番などがそれぞれ一つの狂言や所作事に組み立てられていて、互いが技を競った、大掛かりで賑やかなものであったそうです。俄獅子は、この年中行事の催しと獅子舞を組み合わせて舞踊化したもの。吉原のきらびやかで華やかな様と、男女の思惑が交錯する様の描写が秀逸な曲です。

作曲者である杵屋六三郎が、お気に入りの遊女がいる吉原の、まさに「俄」で作られたと伝えられるだけあり、歌詞は「相生獅子(あいおいじし)」から転用し、廓の風俗を持ち込んだものになります。芸者の一人立ち、または鳶頭と芸者の組物で踊られる事が多い演目です。

ここからは印象的なシーンを取り上げて解説していきます。全体の歌詞は記事後半に掲載しています。

〽花と見つ五町 驚かぬ人もなし

五町とは、 江戸町(えどちょう)、 伏見町(ふしみちょう)、 角町(すみちょう)、 揚屋町(あげやまち)、京町(きょうまち)の吉原五町街。

花のように美しく、華やかな吉原に誰もが驚く様子が、くっきりとこの唄から思い浮かびます。

紋日物日(もんぴものび)は江戸時代の遊里における特別な日。禿(かむろ。遊女見習いで雑用をこなす少女のこと)達は獅子の周りを遊び跳ぶ胡蝶のようにひらひらと吉原の中を歩き回ります。吉原を門から振り返れば、花屋台の美しき遊女達の姿が見えてくるでしょう。華やかな吉原ですが、その中で恋に迷う遊女もいます。恋心を綴った文を禿に託せないまま、あちらのこちらの素敵な人の側へ、男も女もひらひらふらふら、蝶のように迷うばかり。

紋日物日(もんぴものび)とは・・・行事や祝い事のある特別な日のことを物日という。物日が訛って、さらに特別な日には紋付を着ることから紋日に転化したとされる。単に「紋日」、または「紋日物日」を一語として使われる。紋日物日には揚げ代(遊興費)が高額になり、遊女も必ず客を取らなければならないというノルマが課された。

花と蝶が歌詞の中に出てくると、花の蜜を求めてひらりと舞う蝶が、吉原の男女のようにも見えてくるでしょう。二上りの曲調の本曲は、粋な男女の恋路が華やかな三味線の音色からも伝わってきます。

〽忍ぶの峯か襲(かさ)ね夜具 枕の岩間滝津瀬(たきつせ)の酒に乱れて
足もたまらず よその見る目も白なみや

全盛の遊女は、新しい布団を重ねて飾るそうです。並べられた枕は山に見立てましょう。

その間を滝のようにお酒が流れて、浴びるようにお酒を飲む様は、大変賑やかだったことでしょう。周りの白い目も何のその。

〽秋の最中(もなか)の月は竹村ふけて逢ふのが間夫の客

「秋の最中」は日本舞踊の曲によく出てくる表現。「秋のなかば」と、「お菓子のもなか」とかけています。「竹村」は吉原で有名な菓子屋の屋号。もなかが有名でした。

秋の真ん中→竹村の最中→もなかは丸い→丸い月→夜中→間夫が遊女と忍び愛…。この歌詞もそうですが、日本舞踊に出てくる唄の歌詞はおしゃれでユーモアがあります。

ぞっこんの遊女は他のお客の男のところ。だけど、自分に心底惚れてるという女が可愛いから、仕方なくお酒を飲んで待ってる男。だけどここは吉原。やっと自分の所に来たと思ったら、またすぐ他の男の所へ…。どれだけ待ったと思っているのだと、そりゃ喧嘩にもなります。

それを、ちょっとお蕎麦が伸びたくらいですよと太鼓持ちのおかげで仲直り。狸寝入りの女を男がからかうと、女が拗ねてつねってきた描写は、つねられたアザの紫を、 由縁(ゆかり)とかけて色っぽいです。

待たせる女も、待たされる男も、それを楽しむ余裕がなければ吉原では野暮というもの。ですが、遊びではなく本気になると…。ここから三味線は三下り。

〽人目忍ぶは裏茶屋に 為になるのを振捨てて
深く沈みし戀の淵

人目を避けるような深い仲。駄目だと分かっているのに、大事な太客の誘いを振りきって(為になるのを振捨てて)、好きな男のもとへ行ってしまう…。

ここのクドキは、出逢ったがために苦しい恋路にはまってしまった男女のなさぬ仲の恋の愚痴。唄もこの曲で一番の聴かせどころで、たっぷりと唄いあげます。この部分は、舞踊ではカットされることが多いのですが、ぜひ聴いていただきたいものです。

〽獅子に添ひてやたわむれ遊ぶ 浮き立つ色の群がりて
夕日花咲く 廓景色(さとけしき) 目前と貴賎うつつなり
暫く待たせ給へや 宵の約束今行く程に夜も更けし

ここから三味線は、トチチリトチチリチリドツツンの「狂いの合方」と名付けられ有名な演奏。華やかなお囃子とともに演奏される、唄のない三味線演奏です。ノリの良い合方が、俄で賑わう吉原の雰囲気を醸し出し、舞台でも華やかなこと間違いありません。

筆者は獅子頭を持ち、三人立ちで踊らせていただきましたが、花道でのこの合方は気持ちが良かったです。獅子頭を握った手を少し上げておかないと、獅子の頭がくたっとうなだれてしまいます。ここはシャキッと前を向く様にお持ちください。

さあ、景色は一変。夕暮れになったら廓の時間。獅子はお客、そのまわりを女が舞い、美しい吉原の風景は花のよう。舞楽が流れ、お客達が入り、ご機嫌取りが酒で持てなし大賑わい。太鼓の音が聞こえたら、それは総揚げ(その店の芸者または遊女を全部呼んで遊ぶこと)。大金が舞えば、なびかぬ草木もなびいてしまう。吉原の、お洒落な遊びの恋や、本気の恋、恋の話は吉原には尽きません。

それこそが吉原。大金が舞い、花が咲き、蝶が舞う、夢のような世界がこの曲に溢れています。鳶頭や芸者の扮装で踊られる曲です。吉原の風俗がたっぷり描写されていますので、粋に、とびきり明るく華やかに踊れる魅力がございます。全体的に明るい曲ながら、その中に織り込まれているのは遊郭の女性の切ない姿。「吉原」というものを全体的に伺うことのできる曲なのではないでしょうか。

作品情報

作曲者 四世・杵屋六三郎
初演情報 1834年(天保五年)10月
本名題 俄獅子

長唄「俄獅子(にわかじし)」歌詞

《二上り》
花と見つ五町 驚かぬ人もなし汝も迷ふや様々に
四季折々の戯れは紋日物日のかけ言葉
蝶や胡蝶の かむろ俄の浮かれ獅子
見返れば花の屋台に見えつ隠れつ色々の
姿優しき仲の町
心づくしのナ その玉章もいつか渡さん袖のうち
心ひとつに思ひ草 よしや世の中
狂い乱るる女獅子男獅子の
彼方(あなた)へひらりこなたへひらり ひらひらひら
忍ぶの峯か襲ね(かさね)夜具 枕の岩間滝津瀬(たきつせ)の酒に乱れて
足もたまらず よその見る目も白なみや
秋の最中(もなか)の月は竹村 ふけて逢ふのが間夫の客
辻うらみごと繰り返し何故この様に忘られぬ
恥ずかしい程愚痴になる
と云ふちゃ無理酒に何でもこっちの待人
戀(こい)のな 戀の山屋が豆腐にかすがい締りのないので
ぬらくらふわつく嘘ばかり ヨーイヨーイヨイヤナ
宵から待たせて又行かうとは エェ
あんまりなと膝立て直し締めろや
たんだ打てや打て打つは太鼓が
取持顔(とりもちかお)か拗ねて裏向く水道尻
お神楽蕎麦なら少し延びたと囃されて
ちんちん鴨の床の内 たんたん狸の空寝入り
抓(つめ)った跡の由縁(ゆかり)の色に 打ってかわった仲直り
あれはさこれはさ 良い声かけやヨイヤナ しどもなや

《三下り》
人目忍ぶは裏茶屋に 為になるのを振捨てて
深く沈みし戀の淵 こころ柄なる身の憂さは
いっそ辛いぢゃないかいな
逢はぬむかしが懐かしや獅子に添ひてやたわむれ遊ぶ 浮き立つ色の群がりて
夕日花咲く 廓景色(さとけしき) 目前と貴賎うつつなり
暫く待たせ給へや 宵の約束今行く程に夜も更けし
獅子團乱旋(ししとらでん)の舞楽もかくや
勇む末社の花に戯れ酒に臥し
大金散らす君達の 打てや大門全盛の
高金の奇特現はれて 靡(なび)かぬ草木もなき時なれや
千秋萬歳 萬々歳と
ゆたかに祝す獅子頭