義太夫「海女(あま)」~花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)より~歌詞と解説
「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」は、春夏秋冬をモチーフにした、4つの演目からなる作品です。この記事では夏をテーマにした「海女(あま)」を解説します。恋に悩む若い女性の海女が主人公の演目です。
光氏磯辺遊の図(三代歌川豊国)三重大学HPより
花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)
春・・・「萬歳(まんざい)」
夏・・・「海女(あま)」◀この記事で解説します
秋・・・「関寺小町(せきでらこまち)」
冬・・・「鷺娘(さぎむすめ)」
花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)の解説
「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」はもともとは人形芝居・文楽(浄瑠璃)の作品です。江戸時代において、はじめは歌舞伎より文楽の方がだんぜん人気があり、歌舞伎が文楽の演出や、演目を積極的に真似していた時期がありました。
「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」といった有名な歌舞伎の演目も、元は文楽からうつされたものです。
いまでも、ヒットした小説や漫画が、テレビドラマになったりしますよね。歌舞伎に携わる人々は、視聴率が取れなくて悩むドラマプロデューサーのように、人気芸能「文楽」で、何がヒットしているのか?その演出は?盗めるものはないか?と、常に注目していたわけです。
そういった努力もあって、文化文政期に歌舞伎は大きく飛躍、「変化舞踊」という一人の役者が様々な役を、扮装を変えてレビューのように次々と演じ分ける形式が人気を博します。
「花競四季寿」はこの文化文政期に、歌舞伎の変化舞踊をモデルに、「人形芝居の変化舞踊」として作られたものです。
江戸時代の芸能界をリードしていた文楽、庶民文化の隆盛とともに、追いつけ追い越せと進化してきた歌舞伎、二者が、お互い切磋琢磨する関係性になった、「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」はその象徴のような作品です。
義太夫「海女(あま)」解説
海女の素潜り漁(鳥羽市HPより)
海女は、海に潜ってアワビやサザエなどを採る、主に女性の仕事です。海士、海人とも表記します。読み方はいずれも「あま」です。
現在、海女という職業は日本と韓国にしか存在せず、日本で約2,000人、韓国に約5,000人の合計約7,000人の海女の方がいるといわれていますが、経済的な理由や、海の環境の変化によって、残念ながら年々減りつつあるようです。
このように、現代では特殊な仕事となった海女ですが、昔は魚を釣る人、海藻をとる人、海水を汲んで塩を作る人、つまり海の幸を生活の糧とする人々を、男女を問わず総称して「あま」と呼びました。
日本舞踊では、長唄「汐汲」にも、「汐汲の海女」が登場しますよね。
弥生時代の鹿角製アワビオコシ(アワビを採る道具)農林水産省 GoogleArts&Cultureより
歴史も古く、弥生時代の古墳から、アワビを取るために使われたと見られる道具が見つかっているほか、三世紀に書かれた「魏志倭人伝」にも、日本の「あま」らしき人々の記述があるそうです。「あま」、すなわち海の民ですから、「あま」は人類の歴史とともにあったといっても言い過ぎではないと思います。
さて、義太夫「海女」の主人公は、恋に悩む若い女性で、それは後半の歌詞「鮑の片思い」という言葉で象徴されています。海女の採る鮑は、二枚貝の片方が欠けているように見えるので、片思いの比喩に使われています。この比喩、実は万葉集にまでさかのぼることができます。その歌をご紹介します。
伊勢の白水郎(あま)の朝な夕なに潜(かづ)くといふ 鮑の貝の独念(かたもひ)にして
(意味)伊勢の海女が朝に夕べに、海に潜って採るあわびのように、私の恋は片思いです。
潜(かづ)く・・・潜る
独念(かたもひ)・・・片思い
万葉集にはこのほかにも、100首を超える「あま」の歌があります。「あま」に文学的な風情を感じる日本人の感性は、古代からすでにあったんですね。
この作品では、様々な表情を見せる海岸に海女が一人現れ、日頃の男のつれない態度を恨み、恋の憂さを踊ります。人形振りという、文楽の人形の動きを舞踊にうつした振りがところどころに登場します。
義太夫「海女(あま)」歌詞
語句解説
卯の花月(うのはなづき)・・・旧暦の四月。現在の4月下旬~6月上旬。
月雪花(つきゆきはな)・・・美しい自然の風物
女浪男浪(めなみおなみ)・・・低い波、高い波
四海波・・・四方の海のこと
汐馴れ衣・・・潮風にさらされた衣服
仇し野・・・京都の地名。風葬の地として有名で、はかないものの象徴。「露(と消える)」とセットで使われることが多い。
吸付け煙草・・・相手のために火をつけてあげた煙草。キセルを吸って火をつけ、袖で吸い口をぬぐって相手に渡す。遊女が客を誘うときのアイコン的なしぐさで、恋愛感情があることを示す。
誰にか見せん 沢辺なる花紫の色深く
莟(つぼみ)を筆とかきつばた 卯の花月に移り移らう枝々の
花ぞちりちり塵塚に積るけしき面白や
月雪花(つきゆきはな)を手にふれて いざ慰まん調べかなもとより鼓は浪の音 千里もひびくさっささざ浪
女浪男浪が打寄せ打寄せ いがい立つ浪高浪四海波
サテどうどうどう 磯うつ浪にゆられもまれて
さらりさら さらさらさら 松の嵐か月の出汐に雲が追出て 出てくるくる くるくるくる
うつや調べの拍子につれて面白や汐馴れ衣身に添へて 唐へも運ぶ磯の浪
汐の満干にかるまでもなし 沖に漂ふ磯千烏
思ひしことは仇し野の 露と消えんと思ひしに
ふしぎの縁に逢ひそめし 粋はさうしたものかいな
それでもあんまりつんつんな
エエ憎てらしい顔わいな夕べも今宵もひぞらんす 口説(くぜつ)しかけて去なうでな
アレまたわしを泣かそでな
どうでもかうでも去なしゃせぬいまは二人が吸付け煙草 きせるの煙立ちのぼる
わしが思ひは富士浅間 のぼりつめては上もなき
汐の干潟にな ひとり鮑の片思ひ
浪のよるよるもナ 浮名を流す
サイナサイナ そこの心はあさり貝
参考記事
2000年以上前から変わらずに続く、志摩半島で育まれた「海女」文化(農林水産省)
海女漁業文化-海女漁業の振興、海女文化の保存・継承-(鳥羽市)