義太夫「萬歳(まんざい)」~花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)より~歌詞と解説
「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」は、春夏秋冬をモチーフにした、4つの演目からなる作品です。この記事では初春、つまりお正月をテーマにした「萬歳」を解説します。おめでたい門付け芸「萬歳」をモチーフにしています。
花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)
春・・・「萬歳(まんざい)」◀この記事で解説します
夏・・・「海女(あま)」
秋・・・「関寺小町(せきでらこまち)」
冬・・・「鷺娘(さぎむすめ)」
花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)の解説
「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」はもともとは人形芝居・文楽(浄瑠璃)の作品です。江戸時代において、はじめは歌舞伎より文楽の方がだんぜん人気があり、歌舞伎が文楽の演出や、演目を積極的に真似していた時期がありました。
「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」といった有名な歌舞伎の演目も、元は文楽からうつされたものです。
いまでも、ヒットした小説や漫画が、テレビドラマになったりしますよね。歌舞伎に携わる人々は、視聴率が取れなくて悩むドラマプロデューサーのように、人気芸能「文楽」で、何がヒットしているのか?その演出は?盗めるものはないか?と、常に注目していたわけです。
そういった努力もあって、文化文政期に歌舞伎は大きく飛躍、「変化舞踊」という一人の役者が様々な役を、扮装を変えてレビューのように次々と演じ分ける形式が人気を博します。
「花競四季寿」はこの文化文政期に、歌舞伎の変化舞踊をモデルに、「人形芝居の変化舞踊」として作られたものです。
江戸時代の芸能界をリードしていた文楽、庶民文化の隆盛とともに、追いつけ追い越せと進化してきた歌舞伎、二者が、お互い切磋琢磨する関係性になった、「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」はその象徴のような作品です。
義太夫「萬歳(まんざい)」の解説
いま漫才というと、お笑い芸人さんがボケとツッコミで見せる芸のことですが、実はそのルーツにあたる芸能をテーマにしたのが、この「萬歳」です。
かつての「萬歳」とは、お正月、二人組の芸人さんが家々を回り、新春をことほぐ言葉を、滑稽な仕草の舞や駄洒落等を交え、にぎやかに申し述べる「門付け芸」と呼ばれるものでした。二人の芸人さんが、掛け合いで見せる形式が、いまの漫才へ受け継がれています。
いまでもお正月にはお笑い番組があって、漫才がたくさん見られますけれども、こういったところも案外、昔の「萬歳」を受け継いでいるのかもしれませんね。
萬歳を行う二人は「太夫」と「才造」と言う役割があり、太夫は烏帽子をかぶり、才造は大黒頭巾をかぶって鼓を持ち、その音に合わせてテンポよく掛け合いを行いました。
「大漁・五穀豊穣そして商売繁盛」の神様である、恵比寿様の舞から、人々が行き交う京の都の市の繁盛を述べ、最後には、宝の数々のお蔵入りを祝ってめでたく舞い納めます。
みなさん2022年のお正月はどう過ごされましたか?コロナ禍で、初詣に行けなかったり、行っても露店や人手が少なかったりと、私も神社へ初詣に行きましたが、やはりどこか例年と違う雰囲気を感じてしまいます。しかし、それだからこそ一層「お正月を祝う」ということが、長い歴史を経て、私たちの心と体に染み込んでいるんだな、と感じます。
今も昔も変わらない、新春のにぎやかな雰囲気、それを楽しむ人々の気持ちを感じていただければと思います。
義太夫「萬歳(まんざい)」歌詞
歌詞の中には少し難しい言葉もあるので、個別に解説しますね。
冒頭に「いつまで尽きぬ竹本の」とあります。義太夫は竹本義太夫さんによって確立されたもの。つまり竹本=義太夫のことで、いつまでも繁栄する義太夫にのせて語りますよ、という意味になります。
・初春のあした→お正月の朝
・徳若→いつも若々しく、長寿を保つようにという意のお祝いの言葉。
・新玉(あらたま)→新年にかかる枕詞
・王は十善神は九善(くぜん)→京の御門を褒め讃える言葉。前世に十の善行を積んだ者は現世で国王となり、前世で九つの善行を積んだ者は、現世で神になるという意味で、王の位は神よりもすぐれているということ。
・よろづやすやすうらやすが木(こ)の本→なにごとにおいても安らかで平穏である日本
・寅の一天→時刻を表す。明朝。
・八瀬女(やしよめ)→八瀬から京の町へ物売りに来ていた女性。
・背戸には背戸松→背戸は家の裏門・裏口。正月の松飾りのうち、裏門に立てる松をいう。
先づ初春のあしたには、門に松立て、寿を祝ふ熨斗(のし)目やのし昆布、千代とゆづり葉あざやかに、告げて行くらん鴬の、声ものどけき春の空。実(げ)に九重の賑々(にぎにぎ)と、いつまで尽きぬ竹本の、その一節(ひとふし)の世をこめて、幾万歳(ばんぜい)と祝ひける。
徳若に御万歳と御代も栄へまします。愛敬ありける新玉(あらたま)の、年立ち返るあしたより、水も若やぎ木の芽も咲き栄へけるは、誠に目出たふ候ひける。京の司は関白殿、おりいの御門(みかど)、日の本内裏、王は十善神は九善。よろづやすやすうらやすが木(こ)の本に、正月三日寅の一天に誕生まします若戎。
商ひ神と祝はれ給ふ。商ひ繁昌と守らせ給ふは誠に目出度ふ候ひける。八瀬女(やしよめ)八瀬女(やしよめ)、京の町のやしょめ、売ったる物は何々。大鯛小鯛、鰤(ぶり)の大魚、鮑さゞひ、蛤子蛤子(あさりあさり)、蛤々、蛤みさひなと売ったる物はやしょめ。
そこを打ちすぎそばの棚(店。たな)見たれば、金襴(きんらん)緞子(どんす)、緋紗綾(ひざや)緋縮緬(ひぢりめん)、繻子(しゅす)緋繻子縞繻子繻珍(しゅちん)。色々結構に飾り立てゝ候ひしが、町々の小娘やお年の寄りし姥(うば)達まで、売り買ふ有様は、実(げ)にも納まる御代なれ時なれ。恵方(えほう)の御蔵にずっしりずっしり、ずっしりずっしりずし、宝も納まる。門には門松、背戸には背戸松。そっちもこっちも幾年の御祝ひと、御代ぞ目出たき。

