民謡「お江戸日本橋」歌詞と解説

民謡「お江戸日本橋」歌詞と解説

日本舞踊で人気のある民謡「お江戸日本橋」歌詞と解説です。

民謡「お江戸日本橋」解説

日本橋 朝之景(歌川広重)東海道五十三次

東京・日本橋に伝わる民謡です。東海道五十三次の宿場や名物を詠みこんでいます。「こちゃえ こちゃえ」という囃し言葉が印象的です。

元々は甲斐の盆踊りが江戸に入って、「はねだ節(こちゃえ節)」となり、明治七年ごろに東海道の替え歌が作られて、「お江戸日本橋七つ立ち」として有名になりました。

「七つ立ち」とは、「暁七つの時刻に出発する」という意味で、現在の時刻にすると午前4時ごろにあたります。一番の歌詞を見ると、日本橋を「七つ立ち」したあと、「こちゃ高輪 夜明けて 提灯消す(高輪で夜が明けて、提灯を消した)」、とありますので、日本橋を出たときは、まだ真っ暗だったということが分かります。

日本橋あれこれ

金融・商業の中心は江戸時代から

現在の日本橋は、三越や高島屋、コレド日本橋といった百貨店・商業施設が軒を連ね、兜町の金融街あり、また銀行の大型支店も立ち並ぶ、日本の中心的な存在となっています。

日本橋は、江戸の町が開発されたときにも、ごく初期から開発が進んだ場所で、両替商(金座・銀座と呼ばれた)が置かれたため、現在まで続く、「金融・商業の中心地」となりました。

築地、豊洲市場も、日本橋発祥!

また、築地市場、豊洲市場の源流も、日本橋にあります。

江戸城へ魚を納めた漁師が、余った魚を日本橋のたもとで売り始めたことから魚市場ができ、関東大震災がきっかけで築地に移るまで続きました。

日本橋といえば、麒麟(きりん)像

日本橋と言えば、欄干の麒麟(きりん)像が有名ですよね。これは彫刻家・渡辺長男の手によるもので、神社の狛犬のように、左右で阿吽(あうん)の対になっています。

ちなみに、現在の日本橋は、明治四十四年(1911年)年に完成しました。平成十一年(1999年)には国の重要文化財に指定されています。

高架の下に入ったはいつ?地下化されるの?

日本橋上空の高速道路(首都高)は1963年(東京オリンピックの前年)に開通し、すでに半世紀以上が過ぎています。

首都高は、戦後、都心部の渋滞解消などを目的に、建設の議論が活発化、1962年には最初の区間が開通しました。現在、景観改善や老朽化対応等の理由から、日本橋上空の首都高の、地下化事業も進んでいます。

作品情報

作曲者 不詳
作詞者 不詳
元曲 天保(1830~1844)のころ流行した俗謡「はねだ節」「こちゃえ節」と言われる

民謡「お江戸日本橋」歌詞(一部)

お江戸日本橋 七ツ立ち 初のぼり

行列そろえて あれわいさのさ

こちゃ高輪 夜明けて 提灯消す

(こちゃえ こちゃえ)

 

恋の品川 女郎衆に 袖ひかれ

乗りかけ お馬の 鈴が森

こちゃ大森細工の松茸を

(こちゃえ こちゃえ)

 

六郷渡れば川崎の 万年屋

鶴と亀との よね饅頭

こちゃ 神奈川急いで 程ヶ谷へ

(こちゃえ こちゃえ)

 

馬入渡りて平塚の 女郎衆は

大磯小磯の 客をひく

こちゃ小田原評議で あつくなる

(こちゃえ こちゃえ)

 

登る箱根の お関所で ちよいとまくり

若衆のものとは 受け取れぬ

こちゃ新道じゃないかと ちょと三島

(こちゃえ こちゃえ)

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