常磐津「山姥(山めぐり)」歌詞と解説
山奥に住む“山姥(やまんば)”と怪童丸伝説(=金太郎)とが合わさり、古くから今日に至るまで多くの曲が生まれました。
”山姥”を題材にした曲だけで、「山姥物(やまんばもの)」というジャンルが出来るほど、いくつもの”山姥”があります。
今回は、現在日本舞踊界で最も踊られていてポピュラーである「常磐津 山姥(山めぐり)」を紹介します。
常磐津「山姥(山めぐり)」解説
山姥は30歳で金太郎のお母さん!?
「山姥」と聞けば、山奥に住む恐ろしい姿の老婆を思い浮かべる方が多いと思います。
しかし、日本舞踊での「山姥」は皆さんのイメージとは大きく異なり”30歳”という設定になっています。
そして、7歳になる怪童丸という名の子供を連れています。
山の奥に住み山姥となっていることから実際の年齢よりも老けて40代位に見えますが、7歳の子供が居るということを考えると、やはり実年齢は30歳頃でないと辻褄があいません。
その山姥の子供である怪童丸は、後に坂田金時(さかたのきんとき)という名乗るようになります。この名前にピンと来た方もいらっしゃるでしょうか。坂田金時とはあの「まさかり担いで~♪」の歌で有名な「金太郎」のことです。
怪童丸=金太郎ですが、「金太郎」の名で一般的に呼ばれるようになったのはおおよそ江戸中期ごろからです。
つまり“山姥”の正体は“金太郎”のお母さんだったのです。
※山姥の年齢について:前述の通り、様々な「山姥」を題材にした曲があるので、その作品ごとに設定年齢は多少変わります。ここでは常磐津「山姥(山めぐり)」を踊る上での説明といたします。
「山姥」は大きな物語の一部!全体を理解しよう
常磐津「山姥(山めぐり)」は、実は「薪荷雪間の市川(たきぎおうゆきまのいちかわ)」(=大山姥とも言う)という作品の「山めぐり」という一部分を抜き出したものです。
「薪荷雪間の市川」は山姥物の中では比較的新しい作品であるため、それ以前の山姥と比較して”新山姥”と表現されることもあります。今日では「薪荷雪間の市川」を通しで上演することはあまり無くなり「山めぐり」の部分だけが日本舞踊としてよく踊られますが、山姥の正体や大前提を知るために、この「薪荷雪間の市川」全体、ひいてはその元となった伝説を説明する必要があります。
薪荷雪間の市川(たきぎおうゆきまのいちかわ)とは
荻野屋の遊女であった八重桐は、切腹した恋人である坂田蔵人行綱(さかたのくらんど。源頼光の家臣である)の魂を宿し懐胎します。その後、足柄山(神奈川県、静岡県境にある金時山を含んだ北方に連なる山の総称)に籠り、亡き蔵人の子供“怪童丸”を産みます。
山に籠り山姥の姿となった八重桐は、ある日、山樵(やまがつ。木こりや猟師など山仕事を生業とする者)に出会い、そこへ怪童丸を呼び寄せます。山樵が怪童丸に鉞(まさかり)を与えると、それを馬に見立ててまたがるので山姥と山樵が囃します。やがて怪童丸が遊び飽きると、山姥は山めぐりの話を語り始めます。(この山めぐりが今回のテーマのメイン部分にあたります)
山めぐりの話を語り終えた山姥に、山樵はさらに身の上を尋ねます。山姥は、夫が坂田蔵人時行という武士であり、自身の弱さを恥じて切腹により最期を遂げたこと、それから足柄山に分け入って7年怪童丸を育ててきたことを語ります。
それを聞いた山樵は、ここで初めて自分の身を明かし、実は源頼光の家臣で三田仕(みたのつごう)という侍であり、霊夢(神仏のお告げの夢)によって怪童丸の強さを告げられたため迎えに来たのだと告げます。
その後、怪童丸と山樵の力比べの場面に移ります。怪童丸は松の木を根元から引き抜いて、その松を二人が引き合いうと、怪童丸は怪力で松を引きちぎってしまいました。山樵は怪童丸の力量を見込み、これからは坂田金時と名乗り、源頼光の家臣になるように言います。
それは大変喜ばしいことですが、同時に母と子の永遠の別れをも意味します。
山姥は、まだ7歳の怪童丸に“姿形は別れてもいつも寄り添っている”と伝え、我が子の勇姿を称えながら怪童丸を見送り山奥へ帰って行きます。
この母と子の別れのシーンで幕が下ります。
常磐津「山姥(山めぐり)」のあらすじ
現在では山姥と言えば、山めぐりの部分のみを素踊りで踊ることが多くなっています。
試験課題曲としている流派もあります。
「薪荷雪間の市川」の内容を前提として、山めぐりの部分は、1月から12月までの四季折々の花や風景と絡めながら、かつて自分がそうであったように遊女の心持ちをうたっています。そして12月までうたうと、1年の月日が立つ早さと、遊女をやめ今は山姥として過ごすこの身とを掛けて老い行く心のあわただしさや寂しい心持ちを述べます。
場面が変わり「暇申して歸る(かえる)山の~」の段切れ(曲の最後の部分)の部分になり、自身は山へ帰り怪童丸を見送る別れのシーンで終わります。
常磐津「山姥(山めぐり)」踊り方のポイント
非常に繊細さが要求される演目だといえます。「山姥」の一般的なイメージのまま、老婆だけを全面に押し出して踊ってしまうともったいないので、やはり物語の大前提を頭に入れておくのが良いと思います。
40歳位の見た目の山姥(実年齢は30歳位)で遊女であったこと。又、夫は源頼光に仕えた武士であったことから、位の高い遊女だと考えられます。その為、色気に加えて位のある遊女としての気品も表現する必要があります。
また最後の部分では、山へ登って帰っていく山姥と下界に残る怪童丸との対比が、俗世を離れ山の上から子の姿を見守る母とこれからこの世を生きる子との対比にもなっており、より一層別れの場面を引き立てます。
そのような場面と歌詞の意味を踏まえると、怪童丸を見送る場面の踊り方にもより一層深みが出るのではないでしょうか。
作品情報
| 作曲者 | 4代目岸澤四季佐 |
| 作詞者 | 三升屋二三治 |
| 初演情報 | 嘉永元年(1848年)江戸・河原崎座初演。 |
| 本題名 | 薪荷雪間市川 |
| 大道具 | 秋の函根山山中、山姥の住居近く |
| 小道具 | 焚き火鉢、切り株、束ね柴、ひょうたん、手斧、煙草入れと火打石、のべきせる、星ぐりの雲、朱塗りの大盃、三枚重ねの草鞋(わらじ)、金剛草履(ぞうり)、にない柴と風車、竹の枝、小鼓、でんでん太鼓、山姥の扇、椿の折枝、わら草履、石ころ、大まさかり、菖蒲太刀、根付けの松の木 |
| 衣裳 | 着付:七子地白と茶の段染に唐草模様の縫 掛:白茶納戸の八ツ変わり露芝の地模様へ秋草模様の唐織 襦袢:白襟、白袖 帯:白羽二重の中巾 かつら:かしき |
常磐津「山姥(山めぐり)」歌詞
よしあし曳の山廻り 四季の詠めも色々に
浮きたつ空の彌生山 桃が笑えば櫻がひぞる 柳は風の鷹揚に
誰を待つやら小手招く 霞の帯の辛気らし(しんきらし)
締めて手と手の盆踊り なゝこの池に移り気の うらみ過ごしの梶の葉は
露の玉章(たまづさ)落ち初めて
焦がれて濡らす袖の梅 つい誑されて(だまされて)室咲の
梅の暦もいち早く 門に待つたちゃナンナつゐ雛も
出るかと思へば 沓手鳥(ほととぎす) 菖蒲葺く(あやめふく)間に盆の月
待宵過ぎて菊の宴 はや祝月里神楽 ほんに忙しき浮世も我も、白雪積もる山廻り
暇申して歸る(かえる)山の 峰も梢も白妙は 源氏の榮え盡(つき)しなき
まもる神がきは妄執の雲の塵積もって山姥をなれり
山又山に山廻りして 行方も知れずになりにけり
