長唄「夢」解説
夢のように神々しい富士山と、それを取り巻くきまぐれな自然の激しさを対比させて、この世の中の移ろいやすさ・儚(はかな)さを描きます。
霞立ち 淡く煙るは 富士の峰
紫雲棚引き 影響四方に渡りて
神秘的な富士山の情景です。霞がたちこめてその奥に富士の峰が見えます。
霞や雲は、光を受けて紫に色づき、層をなして四方に広がります。色づいた雲のことを「彩雲(さいうん)」といい、特に紫の雲を「紫雲(しうん)」といいます。紫雲は、仏がこれに乗って来迎するという言い伝えもある、縁起の良い雲です。
面白の楽の音に 和む心も清々し
どこからともなく、趣深い音楽が流れてきて、心も和やかになっていきます。
古語の「面白し」は現代語の「愉快だ」という意味もありますが、「面=目の前」が「白くなる=明るくなる」ことから、目の前が晴れやかになる、というのが元の意味です。音楽などに使う場合は、「趣深い」といった意味になります。
折しも 一転掻き曇り
悪夢 天地を吹き抜けて
梢 木葉もバラバラと
突然、空の様子が変わります。雲が空を覆いますが、こちらは紫雲ではなく「暗雲」でしょう。悪夢が現実になったような、急激な変化です。
音楽は止んで、木々は風にバラバラと不安そうな音を立てます。
一条の夢 瞬時に消えて
あら 泡沫の夢の世の中
ひとすじの夢のような光景は、一瞬で失われてしまいました。
我にかえると、ああ、そういえば、この世も、水面で弾けて消えてしまう泡のような、儚いものであった、と気づきます。
作品情報
作曲者 | 松島庄十郎 |
作詞者 | 村山亘(むらやません。松島庄十郎の筆名) |
長唄「夢」歌詞
霞立ち 淡く煙るは 富士の峰
紫雲棚引き 影響四方に渡りて
面白の楽の音に 和む心も清々し
折しも 一転掻き曇り
悪夢 天地を吹き抜けて
梢 木葉もバラバラと
一条の夢 瞬時に消えて
あら 泡沫の夢の世の中