現在「日本舞踊のお困りごと」について匿名アンケート実施中です。ご協力いただける方はこのテキストをクリックしてください(フォームが開きます)。

大和楽「城ヶ島の雨(じょうがしまのあめ)」歌詞と解説

大和楽「城ヶ島の雨(じょうがしまのあめ)」歌詞と解説

城ヶ島から太平洋を臨む

大和楽「城ヶ島の雨」は詩人・童謡作家として有名な北原白秋の詩「城ヶ島の雨」の歌詞をそのまま使って、大和楽として作曲された作品です。

白秋が神奈川県三浦半島の三崎に住んでいたとき、雨にけぶる城ヶ島の情景に自らの心情を重ねて書かかれました。

大和楽「城ヶ島の雨(じょうがしまのあめ)」解説

北原白秋は「からたちの花」「この道」「あわて床屋」「待ちぼうけ」「ペチカ」「あめふり」「茶切り節(ちゃっきりぶし)」など、私たちのよく知る作品を数多く残しています。

しかし「城ヶ島の雨」を書いたとき、白秋は「どん底」といってもいい状況にありました。

白秋の人生をたどりながら、この曲が生まれた背景を見ていきましょう。

文学青年だった白秋、早稲田へ進学し、若くして頭角を表す

柳川は水郷の町としても知られている

白秋は1885年(明治18年)熊本で生まれ、福岡県の柳川で育ちます。実家は江戸から続く商家で、当時は酒造を営んでいました。

ちなみに、2021年の大河ドラマの主人公・渋沢栄一は1840年生まれで、白秋が生まれた当時は45歳。渋沢が、現在の東京電力やキリンホールディングス、太平洋セメントなど名だたる企業の立ち上げに関わり、実業界でバリバリ活躍していたころです。

さて、少年時代から文学に傾倒していった白秋は、早稲田大学英文科へ進み、在学中から新進気鋭の詩人として頭角を現していきます。

与謝野晶子、石川啄木、森鷗外、斎藤茂吉といった著名な文学者と交流を持ち、24歳のころには初となる詩集「邪宗門」で評判を取り、詩人としての地位を確立していきました。

ここまで順調だった白秋ですが、27歳のとき大きな事件が起こります。

姦通罪で訴えられ・・・失意の中、三崎へ

隣家の人妻・松下俊子と恋愛関係になり、その夫から姦通罪で訴えられ、収監されてしまうのです。家族や友人の尽力もあり2週間で釈放、その後、和解となるのですが、このスキャンダルによって白秋の文学者としての地位は地に落ちてしまいます。

白秋は翌年、俊子と結婚し、東京から逃げるように三崎へ移り住んだのでした。白秋はこのころ、あまりのショックに自殺さえ考えたそうです。

白秋が26歳のとき実家が焼失。経営悪化のきっかけとなった。写真は戦後復元された白秋の実家

この直前には白秋の実家の経営が悪化して破産してしまいます。このような事情があったので、三崎へ移り住んだ白秋は極貧生活を強いられていました。

「城ヶ島の雨」が書かれたのは、このように白秋が仕事でも私生活でも、どん底だった時期です。

「城ヶ島の雨」作詞の依頼が

城ヶ島から臨む富士山

「城ヶ島の雨」は劇団・芸術座の音楽会のための歌の詩として依頼されました。白秋が朝夕見て過ごした三崎の対岸にある城ヶ島をテーマに、舟歌として書いたといわれています。

雨の城ヶ島の景色を通じて、失意の底にある白秋の沈んだ心が表現される一方、後半には舟歌らしい力強さも見えます。不安にあっても前を向かなければならない、という気持ちを船頭さんの舟歌にたくしたのでしょうか。

梁田貞(やなだ ただし)によって曲をつけられた「城ヶ島の雨」はその後大ヒットし、多くの歌手に歌われ映画にもなりました。戦後には国民的歌手・美空ひばりもカバーしています。

童謡作家として新境地を開く

児童雑誌「赤い鳥」

その後の白秋は、苦境にもめげず作品創りを続けます。33歳から児童雑誌「赤い鳥」に童謡を書き始めて新境地を開き、私たちも良く知る作品を多数発表します。詩、和歌、小説と、57歳で亡くなる最晩年まで創作を続けました。

歌詞の詳しい解説

雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の雨がふる

雨は眞珠か 夜明の霧か それともわたしの忍び泣き

利休鼠(りきゅうねずみ)は緑みがかった灰色のこと。その寂びた色合いや、抹茶色が連想されることから、茶の湯を大成させた千利休の名が付けられたといわれています。

舟はゆくゆく 通り矢のはなを 濡れて帆あげたぬしの舟

「通り矢」は遠くの的に矢を射る競技のことですが、ここでは城ヶ島の対岸にあたる地名のことです。地名の由来は、源頼朝がここから城ヶ島へ矢を射通したからとも、戦国時代の戦でここを攻めた武将が矢を射通したからだともいわれています。

ええ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる 唄は船頭さんの心意気

雨はふるふる 日はうす曇る 舟はゆくゆく 帆がかすむ

舟歌は労働歌らしく力強さを感じます。やがてその声も小さくなり雨の中、舟は沖へと出ていきます。

「城ヶ島の雨」は恋人見送る女性の姿を描いていますが、やはり、当時の白秋の心情がにじみ出ている一曲と言えるでしょう。

大和楽「城ヶ島の雨(じょうがしまのあめ)」歌詞

雨はふるふる 城ヶ島の磯に 利休鼠の雨がふる

雨は眞珠か 夜明の霧か それともわたしの忍び泣き

舟はゆくゆく 通り矢のはなを 濡れて帆あげたぬしの舟

ええ 舟は櫓でやる 櫓は唄でやる 唄は船頭さんの心意気

雨はふるふる 日はうす曇る 舟はゆくゆく 帆がかすむ

歌詞・解説カテゴリの最新記事