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荻江節「鐘の岬(かねのみさき)」歌詞と解説

荻江節「鐘の岬(かねのみさき)」歌詞と解説

荻江節「鐘の岬」は昭和45年に初演された日本舞踊の演目です。一言でいうと、女性の恋心をしっとりと綴った作品、とでもいいましょうか。

荻江節(おぎえぶし)とは・・・長唄から派生して誕生した三味線音楽の一つ。狭い室内空間で楽しむために抑制の効いた方向を重視することから生まれました。派手な技巧も控え、素の唄の良さをしっとりと聞かせる姿勢に特色があります。

この作品は、さかのぼると、和歌山県の道成寺(どうじょうじ)というお寺に伝わる古い伝説をルーツに持つ作品であり、その内容をしっかり説明するのには少々遠回りが必要です。

少しだけ遠回りになりますが、歌詞の内容の説明に入る前に、この「伝説」がどのような経緯で「鐘の岬」という作品になるに至ったかを説明させてください。

荻江節「鐘の岬」解説

道成寺に伝わる伝説が「鐘の岬」になった経緯

伝説を描いた絵画。かなり激しい

この伝説は「美しい僧を見初めた女性が、執心のあまり蛇に姿を変え、道成寺の鐘の中へ逃げこんだ僧を、ついには焼き殺してしまうという物語」です。

僧と女性の名前をとって「安珍清姫(あんちんきよひめ)伝説」と呼ばれています。

能の「道成寺(どうじょうじ)」

能楽図絵「道成寺」(月岡耕漁)舞う白拍子と、道成寺の僧たち

この伝説は、まず能の世界に取り入れられ「道成寺」という作品になりました。

能「道成寺」の内容は、伝説の後日談という内容になっています。このような内容です。

大蛇によって焼失したままになっていた道成寺の鐘が新しく建立されることになり、そのための「鐘供養」という行事が行われました。

そこへ一人の美しい白拍子が現れます。白拍子とは、踊りや歌を生業とする遊女の女性です。女人禁制であった道成寺ですが、僧たちは舞を奉納することを条件に、白拍子を寺に入れてしまいます。

白拍子は舞を舞っていましたが、隙を見て鐘に飛び込みます。すると鐘は音を立てて落ちてしまいます。祈祷の力で鐘を持ち上げると、中から出てきたのは昔、道成寺で僧を焼き殺した、あの大蛇でした。白拍子は大蛇の化身だったのです。大蛇は再び、男への恨みから炎を吐いて暴れますが、最後は僧侶たちの祈りに耐えかねて、川へ飛び込んで去っていきました。

文楽にもなっている

ちなみに、後日談ではなく、より元の伝説に近いストーリーの文楽作品「日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら)」もあります。

しかし、荻江節「鐘の岬」へと至る系譜とは外れるので、ここでは詳細は控えます。

歌舞伎の名作「京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)」へ

京鹿子娘道成寺(歌川豊国)
舞う白拍子・花子と所化(僧)。左上には鐘をつるす紅白の綱と「鐘供養」の札が見える

この「道成寺」は江戸時代、歌舞伎にアレンジされ「京鹿子娘道成寺(きょうがのこむすめどうじょうじ)」という作品になりました。省略して「娘道成寺」とも呼ばれます。

能では、人間の怨念のおそろしさ、大蛇と僧の劇的な攻防などが見せ場となっていますが、歌舞伎では違います。

道成寺に白拍子がやってきて、舞を舞い、鐘に取りつき大蛇となる・・・というストーリーは同じなのですが、主役の白拍子の美しい「娘踊り」をレビューのように見せることが作品の主題となっています。

ですので、歌や踊りもほとんどが道成寺とは直接関係ない、「鞠つき」「花笠踊り」「山づくし」「廓づくし」などで構成されています。

この作品は、たいへん華やかで、歌舞伎舞踊の代表的演目として繰り返し公演されています。

地唄「鐘が岬」へ

やがて、この大ヒット作「京鹿子娘道成寺」の一部が、地唄という上方で栄えた三味線音楽にアレンジされ「鐘が岬」という演目が作られます。

さて、ここまで解説して、やっと「鐘の岬」のお話ができます。

地唄「鐘が岬」から荻江節「鐘の岬」へ

この地唄「鐘が岬」が荻江節へアレンジされて、荻江節「鐘の岬」が誕生しました。

安珍清姫の伝説の後日談が、能の「道成寺と」なり、それが歌舞伎にアレンジされて「京鹿子娘道成寺」となり、そこからさらに一部を取り出して地唄「鐘が岬」が作られ、さらに荻江節にアレンジされたのが「鐘の岬」というわけです。

安珍清姫伝説

能「道成寺」

歌舞伎「京鹿子娘道成寺」

地唄「鐘が岬」

荻江節「鐘の岬」

いまでいうと人気作品の「二次創作」とか「オマージュ」によって、また別のすぐれた作品が作られていくようなものですね。一説によると、道成寺の派生作品だけで30を超える作品があるとも言われています。

荻江節「鐘の岬」歌詞の意味

現在の道成寺(公式サイトより)

ここからは「鐘の岬」の歌詞を見ていきます。

「鐘に怨みは数々あれど・・・・」で始まる前半は、物語の中心にある「鐘」にかけて、仏教のお経から言葉が引用されています。

鐘に怨みは数々ござる 初夜の鐘をつく時は
諸行無常とひびくなり 後夜の鐘をつく時は
是生滅法とひびくなり 晨朝の響きには生滅々為
入相は寂滅為楽とひびけども 聞いて驚く人も無し
われも五障の雲晴れて 真如の月を眺め明かさん

「鐘の音が仏さまの説いたこの世の真理を教えてくれるが、それに気づく人もいない。私も悟りに至るまでの障害から解き放たれて、悟りの境地に澄み切った月を眺めたいものです。」というよう意味になります。

細かい語句の意味は下にまとめました。

語句 意味
初夜 午後八時ごろ
諸行無常(しょぎょうむじょう) すべての物事は無常である
後夜 午前四時ごろ
是生滅法(ぜしょうめっぽう) すべてのものは移り変わり生まれたり消えたりする
晨朝(しんちょう) 夜明け
生滅々為(せいめつめつい) 生と死を超越して涅槃の境地に至る
入相(いりあい) 夕暮れ
寂滅為楽(じゃくめついらく) 悟りの境地は楽しいものだ

クドキで心情を語る

「言はず語らず我が心・・・」からは、「クドキ」と呼ばれるパートです。登場人物が心情を吐露するシーンです。

クドキとは・・・物語に起承転結があるように、日本舞踊の演目にも典型的なストーリー構成があります。

代表的なものは、「幕開き(音楽による前奏)→置き(唄で物語の説明)→主人公の登場→クドキ又は語り(主人公が心情を踊りで表現。女性=クドキ、男性=語り)→踊り地(速いテンポで踊りを楽しむ)→ちらし(再び曲調が改まり踊り納める)」というものです。

言はず語らず我が心 乱れし髪の乱るるも
つれないは只移り気な どうでも男は悪性な

【意味】口に出しては言わないが、あなたのせいで私の心は乱れ髪のように乱れている。しかしあなたは薄情で浮気で、なんて男はたちが悪いのでしょうか。

遊女目線で、浮気な男の愚痴を述べています。

桜々とうたはれて 言うて袂のわけ二つ
勤めさへただうかうかと どうでも女子は悪性な
吾妻そだちは蓮葉なものじゃえ

【意味】桜桜ともてはやされても、主人と分け前を取り合う遊女の身の上、そのお勤めもいい加減なもので、女もたちが悪いものです。江戸育ちは蓮っ葉ものですね。

同じく遊女の身の上を卑下して語っています。

後半は「廓づくし」

ここからは一転して、廓の話になり、日本各地の廓を読み込んだ「廓づくし」となります。

恋のわけ里数へ数へりゃ 武士も道具を伏編笠で
張りと意気地の吉原 花の都は歌で和らぐ敷島原(しきしまばら)に
勤めする身は誰と伏見の墨染

【意味】恋の舞台、廓を数えてみよう。
武士も刀を隠し、顔も伏せて、張りと意気地で勝負するのは、お江戸吉原。
京の都は歌で心が和らきます。島原に勤めている私は、身の上を伏せて明かせないものです。

京都の島原と伏見の墨染町には遊郭がありました。

煩悩菩提(ぼんのうぜくう)の撞木町(しゅもくちょう)より 浪花四筋に通ひ木辻の
禿(かむろ)立ちから 室(むろ)の早咲きそれがほんの色ぢゃ

【意味】伏見の撞木町から浪花四筋を通ってきて、木辻で禿の勤めをし、室津の早咲きの梅のように、若くして魅力ある遊女となる。

撞木町、木辻は奈良、室津は兵庫県にかつて存在した遊郭です。禿は遊郭に勤めた遊女見習いの少女です。

一い二う三い四 夜露雪の日下の関路を
ともにこの身を馴染みかさねて
中は円山ただまるかれと 思い染めたが縁じゃえ

【意味】夜露の日も雪の日も恋を重ねて、下関を越え、仲は長崎の丸山のように円満にと思い染めたのが私たち二人の縁でした。

作品情報

作曲者 荻江里八(おぎえさとはち)
作詞者 荻江里八(おぎえさとはち)
初演情報 初演年月:昭和45年(1970年)
振付:二世 藤間勘祖
役者:六世 中村歌右衛門
劇場:歌舞伎座

荻江節「鐘の岬」歌詞

鐘に怨みは数々ござる 初夜の鐘をつく時は
諸行無常(しょぎょうむじょう)とひびくなり 後夜の鐘をつく時は
是生滅法(ぜしょうめっぽう)とひびくなり 晨朝(しんちょう)の響きには生滅々為
入相(いりあい)は寂滅為楽(じゃくめついらく)とひびけども 聞いて驚く人も無し
われも五障の雲晴れて 真如の月を眺め明かさん

言はず語らず我が心 乱れし髪の乱るるも
つれないは只移り気な どうでも男は悪性もの
桜々とうたはれて 言うて袂のわけ二つ
勤めさへただうかうかと どうでも女子は悪性もの
吾妻(あずま)そだちは蓮葉なものじゃえ

恋のわけ里数へ数へりゃ 武士も道具を伏編笠で
張りと意気地の吉原 花の都は歌で和らぐ敷島原(しきしまばら)に
勤めする身は誰と伏見の墨染
煩悩菩提(ぼんのうぼだい)の撞木町(しゅもくちょう)より 浪花四筋に通ひ木辻の
禿(かむろ)立ちから 室(むろ)の早咲きそれがほんの色ぢゃ
一い二う三い四 夜露雪の日下の関路を
ともにこの身を馴染みかさねて
中は円山ただまるかれと 思い染めたが縁じゃえ

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