常磐津「戻橋(もどりばし)」歌詞と解説
日本舞踊で人気の常磐津「戻橋(もどりばし)」の歌詞と解説です。
常磐津「戻橋」の解説
「戻橋」とは、現在の京都市上京区一条通りにある、堀川に架かる橋です。常磐津「戻橋」は、ここに伝わる「渡辺綱と鬼女伝説」に基づいています。
渡辺綱(わたなべのつな)と鬼女伝説
平家物語の時代。摂津源氏の源頼光(よりみつ)の部下で、「頼光四天王」と呼ばれた優秀な側近たちがいました。
その中でも筆頭とされた渡辺綱(わたなべのつな)が、夜中に戻橋のたもとを通りかかりました。
すると、一人の美しい女がうずくまっています。綱は、こんな夜更けに女が一人でいることをいぶかしみつつも声をかけます。すると、「家へ帰る途中、こんな夜更けになってしまい、恐ろしいので家まで送ってほしい」と言います。
綱は「踊りを見てみたいものだ」と女に舞を所望します。実はこのとき綱は、月光により堀川の水面にうつる鬼女の影を見て、妖怪の正体を見破っていました。正体を暴かれ、たちまち恐ろしい悪鬼の姿に変わる女。綱の襟を掴んで飛び去ろうとしますが、綱は名刀「髭切丸」によって鬼の右腕を切り落とし逃げることができました。鬼女は光を放ちながら退散していったということです。
また、この後日談として、綱の館へ鬼女が腕を取り返しに来る「綱館(つなやかた)」という演目もあります。
鬼女が復讐にやってくる、「戻橋」の後日談はこちら
戻橋は尾上家のお家芸
歌舞伎の本名題は、「戻橋恋の角文字(つのもじ)」といいまして、「新古演劇十種」の中のひとつです。さて、「新古演劇十種」を初めて耳にする方もいらっしゃるかもしれません。
みなさんは、市川家の「歌舞伎十八番」はご存知でしょうか?江戸時代、市川家の当たり芸として七代目市川團十郎が選定した18の演目のことで、「暫(しばらく」」「助六」「勧進帳」などが特に有名です。
「新古演劇十種」は、この歌舞伎十八番に対抗して、五代目・六代目尾上菊五郎が選んだ尾上家の十演目です。「戻橋」以外に「土蜘蛛」「茨木」などが有名です。
作品は、幕末の有名な歌舞伎の脚本家・河竹黙阿弥作詞、6世岸沢式佐作曲。明治23年(1890)東京歌舞伎座初演されました。
常磐津「戻橋」の歌詞
夫れ普天の下卒土の浜、王土にあらぬ所なきに、何国に妖魔の棲けるか、睦月の頃より洛中へ、悪鬼顕はれ人をとり、夜は往来の人もなし
去ば内裡の警衛に、都登りし源の、頼光朝臣は暇なく、去頃深く語らひし、維仲卿の姫君へ、便りもなさで在せしが
今日しも渡辺源氏綱、使に立し帰り道、卯の花咲て白々と、月照渡る堀川の、早瀬の流れ落合て、水音凄き戻橋
武威逞しき我君も、恋は心の外にして、兼々語らひ給ひたる、維仲卿の姫君へ、密々の仰せ蒙りて、路次の用意に御秘蔵の、髭切の太刀賜りしは、武門の誉身の面目、片時も早く立帰り、彼の御方の御返事を、我君へ申上げん
夜更ぬ内にと主従が、行んとなせし後より、一吹き落す青嵐に、岸の柳の騒がしく、心ならねば振返り
ハテ心得ぬ、妖怪出る取沙汰に、夜に入りては表を閉し、男子すら通行せぬに、女子の来るはいぶかしゝ
扨は我等を威さんと、姿を変て妖怪が、爰へ来ると覚えたり、幸ひなるかな打取つて
君へ土産にまゐらせん
二人の者にうち囁き
機密を授け退けて
己れ妖怪ごさんなれ
太刀引そばめほの暗き、木下蔭へぞ入にける
又叢立し雨雲の、蔭もる月をよすがにてたどる大路に人影も、灯影も見へず我影を、若や人かと驚きて、被衣に身をば忍ぶ摺、けふの細布ならずして、女子心に胸合ず、思ひ悩みて来りける
卯月の空の定めなく、降ぬ内にと思へども、爰は一条の戻橋、見れば往来ふ人もなく
アヽ便りにもなやと佇みて、暫し休らひ居たりける
綱は小蔭を立出て
女性は何れへ参られるぞ
妾は一条の大宮より、五条のわたりへ参りまするが、唯一人故夜道が恐く、爰に佇み居りました
恐いと申すは尤もなり、五条のわたりへ参るとあらば、某送つて遣はさう
御詞に従ひますれば、お伴ひ下さりませ
折から空の雲晴て、月の光に見かはす顔
ハテあでやかな
水に写りし影を見て
ヤヽ今水中へ映りし影は
エヽ
夜更ぬ内にいざとく/\
西へ廻りし月の輪に、遠く望めば愛宕山、北野は近く清滝の、森を越え来る時鳥、初音床しく振返り、見上る顔にはら/\と、樹々の雫も雲運ぶ、雨かと暫し立休らひ
歩き馴ぬ夜道にて嘸草臥し事ならん
否妾よりあなたこそ、足弱をお連なされ、お草臥御座りませう
暫くこれで憩はれよ
連立つ道に馴易く、今は隔ても中空の、朧も春の名残かな
都人とは言乍ら、いとも優しき形風俗、御身が父は何人なるぞ
父は五条の扇折、舞を好みて舞し故、妾も稚き頃よりして、教へを受しが身の徳に、此程迄も或る御所に、お宮仕を致しました
恥しながら某は、未だ舞を見たる事なし、一さし舞を見せられまいか
お送り下さるそのお礼に、只今御覧に入れませう
女性は扇借受て、会釈をこぼし進み出で
空も霞みて八重一重、桜狩する諸人が、群つゝ爰へ清水や、初瀬の山に雪と見し、花の散り行く嵐山、惜む別れの春過て、夏の初めに後れにし、花も青葉の更衣、樹々の翠の美しや
イヤ面白き事なりしぞ、斯る技芸のある者を、妻に持なばよき楽しみ
言を此方ばよきしほど
定めてあなたは奥様を、お持なされて御座りませうな
未だ妻は娶らぬが、見らるゝ通りの不骨者、誰も妻になりてがない
何無いことが御座りませう
お情深きお心に今宵まみへし妾さへ、縁を結ぶ露もがな、思ふ恋路の初蛍
言出かねて胸焦し、若葉の闇に迷ふもの、都女郎は取分て
姿優しき花菖蒲、引つ引れつ沢水に、袖も濡にし事ならん
夫は御身の思ひ違ひ斯る名もなき田舎武士、誰が思ひをかけやうぞ
イエ/\立派なお名故に
何立派な名とは
当時内裡を警衛に、都へ登りし源の、頼光朝臣の身内にて、渡辺源氏綱殿故
ヤ如何致して其名をば
恋しく思ふ殿御故、とくより存じて居りまする
恋しく思ふと言は偽り御身が我名を存ぜしは妖魔の術であらうがな
星をさゝれて打驚き
何妖魔の術とは
姸き女に化するとも、其本性は悪鬼ならん、なんと
汝は心附ざしりが、月の光りに映りたる、影は怪しき鬼形なりしぞ
ヤア
其本性顕はせよ
言に妖女も忽ちに、憤怒の相を顕はせば
後に窺ふ郎党が観念せよと、組附を、事とも為ず振払ひ、
我は愛宕の山奥に、幾年棲て天然と、業通得たる悪鬼なり、車輪の如き目を見開き、炎を吐し有様は、身の毛もよだつ許りなり
扨こそ悪鬼でありしよな
イデ此上は汝をば我隠家へ連行ん
小癪な事を
引立行んと立かゝれば、綱は生擒呉んずと、勇力振ふ時しもあれ
一天俄かに搔曇り、振動なして四方より、黒雲覆ひ重りて、綱が襟上むんずと握み
砂石を飛す暴風に、つれて虚空へ引上れば
髭切の太刀抜放し、鬼の腕を切払ひ、どつと落たる北野の廻廊
悪鬼は群がる雲隠れ、光を放ちて失にけり

