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清元「青海波(せいがいは)」歌詞と解説

清元「青海波(せいがいは)」歌詞と解説

清元「青海波(せいがいは)」解説

日本各地の海の名所を美しく語った曲です。

東北から徐々に西へ、そして、季節も春夏秋冬の順番に移り変わっていきます。男女が仲を深めていき、最後には夫婦、共白髪となる様子も描かれておりますのは、末永い清元の繁栄を願ってのことでしょう。

この曲は清元節の奏者「五世清元延寿太夫(えんじゅだゆう)」の襲名披露に合わせて作られました。青海波が選ばれた理由は、初世の紋が「青海波」だったことにちなんでいます。また、初世の前名が「豊後路清海太夫(ぶんごじきよみだゆう)」であったことから、清海波」と表記することもあります。

神話、七夕などの物語、舟唄なども織り交ぜた上品な曲で、明治期の清元の代表曲とされ、日本舞踊では「ご祝儀もの」として人気です。

「青海波(せいがいは)」とは?

いろいろな「青海波」

「青海波(せいがいは)」とは中国の青海湖の波を表すといわれる模様で、「青海波」という雅楽を舞う際につける衣裳に使われたことが由来とされています。

いまでも和のデザインによく使わており、私たちにもなじみの多い模様ではないでしょうか。

歌詞の詳しい解説

朝焼けの松島

神代(かみよ)より光り輝く日の本や
干珠満珠(かんじゅまんじゅ)の世がたりを今に伝へて
陸奥(みちのく)の千賀(ちが)の塩がま煙りたつ霞に明けし松島の

龍神から授かった二つの玉を、海に返したときにできたと言われる「干珠満珠」の二つの島の神話ではじまります。

神功皇后が大陸へ出兵するときに、住吉大神が授けたとされる宝の玉です。「干珠」は海に投げ入れると潮が引き、「満珠」は満ちると言われています。

千賀の塩釜とは、宮城県にある港町の名です。日本三景の「松島」で有名な松島湾に面した場所です。早朝の塩釜から立ち上る煙が霞のようにけぶっている様子です。

光源氏のモデルと言われている源融(みなおとのとおる)という人物がいますが、この源融は千賀の塩釜を愛し、京都にその風景を模した六条河原院という屋敷を建てています。

眺めはつきぬ春の日の潮の干潟をゆく袖に
うつす薫りも懐しき梅の花貝桜貝
みるめの磯のあかぬなる

ここから季節が春に変わり調子も軽快になります。春の潮干狩りの情景です。

「みるめ」とは海藻のことです。和歌で「見る目」とかけることが多く、ここでは「あきぬ」にかかっています。飽きずに貝を拾っているという意味です。

花の跡踏む夏山の筑波が覗く船の中
逢瀬の浦のさゝめごといつか浮名も立浪の
うちこんでいる真心に待つとは恋の謎々も
解けた素顔の夏の富士

ここから夏の筑波山へ。筑波山が見える舟のことを、筑波山が船を覗くと表現しています。

その舟で恋人同士がささやきあっている様子です。一生懸命恋に打ち込んでいる心とは裏腹に、待たされる恋の駆け引きを謎々に例え、打ち解けた仲になれたことを富士の雪解けにかけています。夏の富士は雪が解けて素顔を見せます。

清見の沖や三保が崎まつに本意なき青東風(あおこち)に
憎やあし辺の片男波(かたおなみ)その通路(かよいじ)は星合(ほしあい)の
なかかけ渡すかさゝぎの天の橋立(あまのはしだて)きれ戸とは
裏表なる播磨潟汐汲む海女(あま)のしるしとて
みどりの秋を残したる恋は昔のうたひもの

富士が見える清見、三保は今の静岡県に当たる場所です。青東風(あおこち)とは初夏に吹き渡る風のこと。片男波は浜に打ち寄せる高い波のことです。

天橋立は京都の有名な観光名所です(『きれ戸』も天橋立近くの地名)が、ここでは天の川にかかる橋に重ねています。星合の日、つまり七夕に織姫と彦星が出会うのは、天の川にかささぎが架ける橋であるという伝説があるからです。

ちなみに天橋立は、イザナギ神が地上と天を行き来するためにかけた梯子で、イザナギが寝ている間に地上に落ちてしまって天橋立となった、という神話があります。

播磨潟は兵庫県明石周辺の浜辺。製塩でも有名で、神戸市にあたる須磨の浦では在原行平(ありわらのゆきひら。業平(なりひら)の兄)と汐汲みの海女との恋の物語が伝えられており、能楽「松風」や日本舞踊「汐汲」にもなっています。(長唄『汐汲』参照)。

彼らの恋は、行平が公務により須磨を離れたことで終わってしまいました。みどりの秋とは、実りの季節になっても緑のまま、つまり成就しない恋を表し、それが昔の恋物語としてうたい継がれている、という意味でしょうか。

アラめで鯛は神の代に赤目と召されそめしより
蛭子(ひるこ)の神の釣り上げし二世のかための懸鯛(かけだい)に
縁(えに)しを繋ぐ諸白髪(もろしらが)若やぐ尉(じょう)とうば玉の闇の景色は
漁火のちらりちらちら月の出汐(でしお)に網引(あびき)の
声の節も拍子も一様に

ヤンラ月の名所はよそほかに
鳴いて明石の浜千鳥ヤサホウヤサホウ
主(ぬし)に淡路は気にかゝる
室(むろ)の泊りをソレ松帆の浦よ
ヤサホウエンヤ面白や

蛭子(ひるこ)とは、鯛がトレードマークで「五穀豊穣」「大漁」「商売繁盛」のご利益がある「恵比寿さま」のことです。赤目とは「赤目鯛」で、鯛の中でも特に縁起が良いとされたものです。

恵比寿天(えびすてん)

大漁追福(たいりょうついふく)五穀豊穣(ごこくほうじょう)
商売繁盛(しょうばいはんじょう)

「二世のかための懸鯛(かけだい)」とは、夫婦の誓いをするために二匹の鯛を神に備える風習で、西日本で見られます。

「尉(じょう)とうば」とは、祝いの舞を舞う白髪の翁(おきな)と媼(おうな)のことです。同時に「うば玉」は黒色の植物の種子のことで、「闇」にかかる枕詞です。漁火が燃え潮が満ちつつある海からは舟歌が聞こえます(ヤンラ~)。「明石」「室」「松帆の浦」、いずれも瀬戸内海の地名が織り込まれています。

鳴いて明石の浜千鳥→泣いて明かし→泣き明かしている/「明石」は兵庫県明石市。
主(ぬし)に淡路は→主に会わじ→あなたに会えていない/「淡路」は淡路島。兵庫県淡路市。
室(むろ)の泊りをソレ松帆の浦よ→室(むろ)の泊りを待つ→あなたが泊まり来てくれるのを待っている/「室の泊り」は室津港。兵庫県たつの市。「松帆の浦」は淡路島北端に位置する場所。

兵庫県・高砂神社の夫婦松(五代目)高砂神社公式HPより

波も静かに青きが原をなかにひかえて住吉と
名も高砂の夫婦松(めおとまつ)雪にもめげぬ深みどり
栄(さか)ゆく家の寿をなほ幾千代(いくちよ)も延ぶるなる
直(す)ぐな心の清元とめでたく祝ふ泰平の
君が余沢(よたく)ぞありがたき

能に「高砂」という演目があり、そこには、離れているが夫婦であるという、兵庫の高砂の松と大阪・住吉の松の精が登場します。かつては縁起が良いとして「高砂」の謡いを結婚式で披露するということがよく行われていました。

この詞を引用しつつ、「清元」の繁栄を祝う縁起の良い言葉で締めくくられます。余沢(よたく)とは先人の残した恩恵のことです。

清元「青海波(せいがいは)」作品情報

作曲者 二世清元梅吉
作詞者 永井素岳(ながいそがく)
初演情報 初演年月 1897年(明治30年)
両国中村楼にて
大道具 素踊り物のため、ホリゾントや屏風使用が定番
小道具 波の扇子など
衣装 素踊りですので好みの衣装

清元「青海波(せいがいは)」歌詞

神代より光り輝く日の本や
干珠満珠の世がたりを今に伝へて
陸奥(みちのく)の千賀の塩がま煙りたつ霞に明けし松島の

(季節:春)
眺めはつきぬ春の日の潮の干潟をゆく袖に
うつす薫りも懐しき梅の花貝桜貝
みるめの磯のあかぬなる

(季節:夏)
花の跡踏む夏山の筑波が覗く船の中
逢瀬の浦のさゝめごといつか浮名も立浪の
うちこんでいる真心に待つとは恋の謎々も
解けた素顔の夏の富士

(季節:秋)
清見の沖や三保が崎まつに本意なき青東風に
憎やあし辺の片男波(かたおなみ)その通路は星合の
なかかけ渡すかさゝぎの天の橋立きれ戸とは
裏表なる播磨潟汐汲む海女のしるしとて
みどりの秋を残したる恋は昔のうたひもの

アラめで鯛は神の代に赤目と召されそめしより
蛭子(ひるこ)の神の釣り上げし二世のかための懸鯛(かけだい)に
縁(えに)しを繋ぐ諸白髪(もろしらが)若やぐ尉(じょう)とうば玉の闇の景色は
漁火のちらりちらちら月の出汐(でしお)に網引(あびき)の
声の節も拍子も一様に

ヤンラ月の名所はよそほかに
鳴いて明石の浜千鳥ヤサホウヤサホウ
主に淡路は気にかゝる
室の泊りをソレ松帆の浦よ
ヤサホウエンヤ面白や

(季節:冬)
波も静かに青きが原をなかにひかえて住吉と
名も高砂の夫婦松(めおとまつ)雪にもめげぬ深みどり
栄ゆく家の寿をなほ幾千代も延ぶるなる
直ぐな心の清元とめでたく祝ふ泰平の
君が余沢ぞありがたき

 

参考サイト

忌宮(いみのみや)神社(「干珠満珠」の伝説が伝えられる神社)

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