長唄「藤娘」歌詞と解説

長唄「藤娘」歌詞と解説

日本舞踊で人気の長唄「藤娘」の歌詞と解説です。

「藤娘」の解説

大津絵に描かれた藤娘が、絵から抜け出して踊るという趣向の演目です。大津絵とは、江戸時代、滋賀県大津市あたりで旅人相手に売られていた絵画。土産物として、後年には護符として人気がありました。

タイトルは「娘」ですが主人公は、冒頭に「早や二十年の月花を」また「男心の憎いのは ほかの女子に神かけて〜」からもわかるように、子供ではなく、年を重ね恋愛も経験してきた「大人の女性」です。途中挿入される「潮来節(いたこぶし)」は茨城県潮来発祥の地元唄で、都々逸のルーツと言われています。、江戸では遊郭を中心に情歌として歌われました。

潮来節の代わりに「藤音頭」を挿入した現在最もよく知られる構成は、昭和12年、6代目尾上菊五郎演出で完成されました。この時の演出は、藤の精が木から抜け出て、思い通りにならない男心を嘆き夕暮れとともに姿を消す、というもので、松の木に舞台の天井からたくさんの藤の花房を下ろす舞台装置もこのときからです。

作曲四代目杵屋六三郎、作詞勝井源八。文政九年(1826年)江戸中村座で二代目関三十郎により初演されました。五変化舞踊「歌へすがへす余波大津絵(かえすがえすおなごりおおつえ)」のひとつ。

「藤娘」の歌詞

津の国の 浪花の春は夢なれや 早や二十年の月花を

眺めし筆の色どりも書き尽くされぬ数々に 山も錦の折を得て 故郷へ飾る袖袂

 

若紫に十返りの 花をあらはす松の藤浪

人目せき笠塗笠しゃんと 振りかたげたる一枝は

紫深き水道の水に 染めてうれしきゆかりの色の

いとしと書いて藤の花 エエ しょんがいな

裾もほらほらしどけなく 鏡山人のしがよりこの身のしがを

かへりみるめの汐なき海に娘姿の恥かしや

男心の憎いのは ほかの女子に神かけて あはづと三井のかねごとも

堅い誓ひの石山に 身は空蝉の から崎や まつ夜をよそに 比良の雪

とけて逢瀬の あだ妬ましい ようもの瀬田にわしゃ乗せられて

文も堅田のかた便り 心矢橋の かこちごと

 

松を植ゑよなら 有馬の里へ 植ゑさんせ

いつまでも 変はらぬ契りかいどり褄で よれつもつれつまだ寝がたらぬ

宵寝枕のまだ寝が足らぬ 藤にまかれて寝とござる

アア何としょうかどしょうかいな わしが小枕お手枕

空も霞の夕照りに 名残惜しむ帰る雁がね

【潮来節(古い演出)】
潮来出島の 真菰の中に 菖蒲咲くとは しをらしや サアよんやさ サアよんやさ

宇治〔富士〕の柴船 早瀬を渡る わたしゃ君ゆえ のぼり船 サアよんやさ サアよんやさ

花はいろいろ 五色に咲けど 主に見かへる 花はない サアよんやさ サアよんやさ

花を一もと わすれて来たが あとで咲くやら 開くやら  サアよんやさ サアよんやさ

しなもよや〔なく〕 花に浮かれて ひと踊り

【藤音頭(音羽屋系の演出)】
藤の花房 色よく長く 可愛いがろとて酒買うて 飲ませたら

うちの男松に からんでしめて

てもさても 十返りという名のにくや かへるといふは忌み言葉

花ものいわぬ ためしでも 知らぬそぶりは 奈良の京

杉にすがるも 好きずき 松にまとうも 好きずき

好いて好かれて 離れぬ仲は 常磐木の

たち帰らで きみとわれとか おお嬉し おおうれし

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