日本舞踊コラボレーション企画、今回のコラボは「日本舞踊×香り」対談です。
日本舞踊家、調香師(ブレンダー)をお招きして、日本舞踊の稽古場や舞台に「香り」を活用する可能性について対談しました。
教室に最適なアロマを作る公開カウンセリングの様子、舞台の空間演出と「香り」について、お稽古場にオススメの香りの紹介もあります。
みなさん、最近体験した「いい香り」はなんですか?
私は今朝飲んだコーヒーの香りが思い浮かびます。
デパートの香水売場の香り、古本屋さんの紙の香り、実家の和室の畳の香り、お寺に漂う厳かなお線香の香り、森林の葉と土の香り・・・
私たちはいろんな「香り」に囲まれ、ふとした香りでお腹が空いたり、リラックスしたり、いい気分になったりします。ときには忘れていた昔のことがフラッシュバックのようによみがえることも。
日本では約1,400年前から「お香」の文化があったと言われています。それほど日本人の生活になじみがあるのが「香り」なんです。
「香り」を楽しむというと、お部屋で楽しむお香やアロマが思い浮かびますが、最近では空間演出の一つとして店舗や施設で使用されるなど、活用の幅が広がっています。
そんな「香り」と「日本舞踊」、果たして接点やコラボの可能性はあるのでしょうか?
今回は、宗家西川流の西川壱弥(いちや)さん、調香師(ブレンダー)の境恵美(さかいめぐみ)さんにご参加いただき、「香り」の力、「日本舞踊×香り」の持つ可能性について伺いました。
西川壱弥(いちや)プロフィール
沖縄県出身 宗家西川流師範
二代目・西川扇一郎(父)に師事
3歳で初舞台、5歳で歌舞伎座出演
日本舞踊教室「朱里(あかり)の会」主宰
門真国際映画祭2020 ダンス映像部門にて「YUGAFU project」参加作品が優秀作品賞・最優秀女性ダンサー賞
2021年ビューティジャパン東京大会準グランプリと特別賞(morich賞)ダブル受賞、日本大会出場予定
>>【取材】「伝統のその先」を目指す南国生まれの舞踊家~西川壱弥(いちや)~東京都足立区
境恵美(さかいめぐみ)プロフィール
香りで心と空間をArtする Soary japan 代表。
大学卒業後、食品会社で取締役営業部長として12年間勤務。その間挑戦した美とキャリアのコンテストにて東京ファイナリスト選出。調合(ブレンド)の師と出会う。本格的にブレンダーの道を学ぶと決心し会社を退社。ブレンダーのプロデューサー取得。自身の事業を立ち上げる。「Soary /ソアリー」は、Soar(舞い上がる)+air(空気のように)を掛け合わせた造語で、アロマや香りを通じて固くなってしまった人の心に寄り添い、開放していくことで、その人が本来持っている輝きを思い出し、幸福感に溢れ、まるで空気のように軽やかに人生を舞っていけるように、という想いが込められている。
実はお二人はご友人同士。ともに「ビューティージャパン」という社会で活躍する女性を発掘するビューティーコンテストの東京大会ファイナリストという共通点があります。
稽古場、舞台・・・アロマによる空間演出には無限の可能性があった!

うめざわ
今日はよろしくお願いします。
日本舞踊からは先日、お稽古ノートの取材でもお世話になりました、西川壱弥さんです。よろしくお願いします。

西川壱弥(いちや)さん

うめざわ
もうお一人は調香師(ブレンダー)の境恵美(めぐみ)さんです。
恵美さんは調香師として、カウンセリングを通じたオリジナルアロマの調合、また某アカデミーでは生徒さんの心身のリフレッシュに向けた香りの調合なども手がけています。またメディカルアロマの観点を活かして、HSPの方に向けたの香りの開発、心地よく過ごす為の空間デザインの調香などに現在取り組まれております。
今日は様々な角度から日本舞踊と香りの可能性についてお話しいただけるのではないかと思います。よろしくお願いします。

境恵美(さかいめぐみ)さん
よろしくお願いします。
アロマは辛いとき、寄り添い支えてくれたもの
繊細さが求められるブレンダー(精油の調合)の仕事は料理人である父の仕事と共通するところがある、という

うめざわ
まず恵美さんに、かんたんな自己紹介をお願いしたいのですが、このお仕事を始められたきっかけはなんですか?

境恵美(さかいめぐみ)さん
以前は十数年、食品会社の営業として働いていました。全国のホテルなど、プロの料理人に向けてクオリティーの高い製品を開発、提案しておりました。
そんな中、偶然のご縁がきっかけでビューティージャパンというコンテストに挑戦することになったんです。東京ファイナリストとして選出頂き、様々なレッスンを受けることができました。
その中で出会ったアロマの授業が運命的なきっかけとなり、昔から”香り”は自分が苦しいとき行き詰まったとき、自分を支えてくれ寄り添ってくれたツールのひとつだった。と思い出すことができたんです。
その時、自分の中で心震える新しい可能性を見出し、この分野で活躍していきたい!と思いました。 その心の声に従って、思い切って前職を辞め香りの道に飛び込むことになったんです。それが私の調香師としてのスタートのきっかけでした。

うめざわ
ありがとうございます。まさに香りの力を強く実感されているんですね。

境恵美(さかいめぐみ)さん
私自身がこれまで人と関わるときに、その人の心に寄り添うということを大切にしてきました。
アロマや香りを通して人の心に寄り添い、和ませることで、心が解放されるような調香や空間作りをこれから実現していきたいと思っております。

うめざわ
なるほど。ぜひ今日はそのような観点から、いろいろご意見いただきたいと思います!
恵美さんは、今回のテーマである「日本舞踊」についてどのような印象をお持ちですか?
五感を使う日本舞踊と香りは、コラボの可能性が大いにある

境恵美(さかいめぐみ)さん
実は先日、壱弥さんの日本舞踊体験会で、実際に体験しました!

うめざわ
日本舞踊を体験してみていかがでしたか?

境恵美(さかいめぐみ)さん
想像以上の気づきがありました!
一言でいうと「『女性性』がよみがえってくる感覚」です。ちょっとした所作やしぐさも丁寧に、気持ちを込めて行うことなどを通じて、奥ゆかしさ、美しさといった私たちの中の「女性性」を開花させてくれるパワーがあり、自分の心の軸を整えてくれると思いました。
「女性性」は男性にもあるものなので、みんなにやってみてほしい!と思いました。

西川壱弥(いちや)さん
私のお稽古では、その人の身体、感覚を大切にしています。
お稽古が進むと、みなさんだんだん忘れていた身体の感覚を思い出してくださいますね。その人自身の感覚を軸にして、それを日本舞踊の所作につなげていく、ということを意識しています。

境恵美(さかいめぐみ)さん
日本舞踊は、なにかすごくちゃんとしないといけないもの、と思っていましたが、そういう壱弥さんのスタンスもあり、堅苦しくなく入っていくことができました。
実際に体験してみて、日本舞踊も香りも、ともに五感に訴えかけるもので、すごく異業種なんですけれど、現実的にコラボの可能性はすごくあるんじゃないかと思いました。
お稽古場に寄り添う「香り」

うめざわ
壱弥さんから見て、日本舞踊への香りの活用はどんなものがあると思いますか?

西川壱弥(いちや)さん
恵美さんとは以前にもこういう話をしたことがありまして、そこで思ったのが「香りの可能性って無限大だな」っていうことなんですね。
「お教室に寄り添う」ということもできると思います。
玄関に少しアロマを焚くだけでも、お稽古場に入って今までの現実とは違う世界に入ったことを実感できる、そこで気を高めたり、逆にリラックスしたりとか。香りで心やマインドをシフトしてあげられると思うんですよね。

西川壱弥(いちや)さん
お教室に集まる方って、いろいろなお仕事をなさっている方々が来られるので、人間関係などで悩まれている場合もあると思うんです。また、日本舞踊のお教室は割合でいうと女性が多いですから、男性のお弟子さんは緊張されたりするかもしれない。そういう場の空気を香りによって和ませて、心を開放してあげるとか、コミュニケーションを円滑にするだとか。
本当に無限に可能性が考えられて、こうして話するだけでもどんどんアイデアが湧いてくるんです(笑)

うめざわ
面白いですね!お稽古場にはみなさんこだわりをお持ちだと思います。お稽古場をどういう空間にしたいか、という先生の考えによって、オリジナルの調合、オリジナルの空間演出があり得る、ということですね。
お稽古場をより良い空間にしたいというのは、先生に共通の想いだろう。
恵美さんはカウンセリングを通じた調合をされているということなので、ここで思い切って、恵美さんによる壱弥さんの「公開カウンセリング」を提案してみた。
公開カウンセリング!「香りでこんなお稽古場にしたい!」

うめざわ
せっかくなので、恵美さんに公開カウンセリングというか、壱弥さんのお稽古場のイメージに合った香りを提案してもらう、みたいなことってできますか?
これを読んでいる方も興味があると思うんですよね。
恵美さん、いかがでしょう?

境恵美(さかいめぐみ)さん
ぜひぜひ!
壱弥さんは、お稽古場をどんな空間にしたいですか?

西川壱弥(いちや)さん
ありがとうございます!
お稽古場でいうと・・・ちょっとリラクゼーションサロンみたいな感じですかね。BGMでヒーリングの音楽が流れてそうなイメージ。

境恵美(さかいめぐみ)さん
和のイメージはあえて入れないイメージですか?

西川壱弥(いちや)さん
隠し味程度?ヒーリングで、サロンっぽいんだけど、ちょっと和っぽい。

境恵美(さかいめぐみ)さん
国のイメージはありますか?例えば、バリ島とかハワイとか。

西川壱弥(いちや)さん
国じゃなくて「森林」のイメージですね。森の中。

境恵美(さかいめぐみ)さん
なるほど。爽やかでいて・・・入ると心がほっとするような感じ?

西川壱弥(いちや)さん
そう!そこにふわっと日本の香りがする・・・玄関明けたら水の流れる音がする、みたいな。

境恵美(さかいめぐみ)さん
最高ですね!私が行きたい!(笑)

西川壱弥(いちや)さん
そうそう(笑)入ったときに穏やかになれる、お稽古始まるぞ!ではなくて、またここに来られた、という安心感を得られる演出ができるといいな。

境恵美(さかいめぐみ)さん
まず爽やかで、深呼吸できる香り、森の中に行くと思わずスゥーっと深呼吸してしまうようなイメージ。そういう軽いテイストがあるんだけど、ただ足元には土があって心落ち着く。
軽い香りと、地に足をつける、落ち着かせる重めの土っぽい香りの両方が必要じゃないですか?
和テイストがまさにそうなんですよ。ヒノキとか白檀(びゃくだん)とかちょっと重めで、落ち着く香り。そのあたりをバランスをみて調合していく感じでしょうか。

西川壱弥(いちや)さん
もう、このままオーダーしてもいいですか(笑)

うめざわ
面白いですね!お二人のイメージを合わせていく、恵美さんの質問の仕方とか、引き出し方もすごく興味深いです。

境恵美(さかいめぐみ)さん
アロマの空間デザインの仕事をしている人はたくさんいますが、その中で私が生かせるものって、最終的には感性しかないんですよ。
壱弥さんがお稽古で大切にしているものがあって、そこから私はすごくいい影響を受けました。
同じように、私も私なりの感性の中で、壱弥さんから森の中で、深呼吸ができて、水が流れて・・・という言葉をもらって、頭にイメージが思い浮かんだときに「ここには、この香りとこの香り」というのが出てくるんです。これらをマリアージュして香りを作っていく、どんな香りになるんだろう?と。これには私もわくわくします!

境恵美(さかいめぐみ)さん
具体的には「森林」ということは落ち着く、深呼吸ができる、クリア、神聖・・・だったらこの香りかな、という、いただたいワードに対して香りを当てはめていく感じですね。
精油はすごく奥が深くて、実際の提案では、その場所へ伺って、壁の色だとか、インテリアだとか、そうったものもすべて見たうえで提案することもあります。壁の色が茶色の部屋と、白色との部屋では提案する香りも変わってくるんです。

うめざわ
空間全体を見て、恵美さんは香りの専門家ではあるけれども、壁の色とか、インテリアとか、先生の考え方だとかをすべて考慮したうえで、提案されてるんですね。
俺の日本舞踊ではたくさんの教室を取材してきた。お弟子さんたちにとって日本舞踊教室は、日常を忘れてリフレッシュできる場でもある、ということはこれまで多くの先生方から聞いてきたことだ。
お弟子さんにとっても、当然先生にとっても、お稽古場の環境はとても大切で、そこをどのような空間にするかということは先生方がたくさん工夫されてきたことだろう。先生の実現したい空間に「香り」の要素を加えるというのは非常に興味深く、可能性も感じる。
次に、先生やお弟子さんたちの晴れ舞台である日本舞踊の「公演」での「香り」の可能性について聞いてみた。
踊り手の「本能」を引き出す香り
長唄「連獅子(れんじし)」歌舞伎座にてお父様と共演されたときのもの

うめざわ
ここまでの話でも香りは感性に働きかける力がとてもあると感じます。
壱弥さんは、これまで多くの舞台に立ってこられた中で、舞台の上での思考と感情とのバランスについて、どういう捉え方をされていますか?冷静でロジカルな部分も、感情や本能にゆだねるところも両方あると思うのですが。

西川壱弥(いちや)さん
役に入る、演じるということは、これは他の先生も同じ考えだと思うのですが、お稽古の積み重ねでしかありません。舞台の上では本能にゆだねて、役に入って踊りますが、それは積み重ねがあるからこそ。
「次はなんだったっけ」という風に、思考に頼る瞬間がある、ということは積み重ねが足りない、お稽古不足だということです。

西川壱弥(いちや)さん
大切なのは「思考と動作の連動」で、思考が勝つと動作ってうまくいかないんです。身体に馴染んでいかない。最後は身体が主でないといけないんです。
それができるかどうかは、稽古でどれだけ積み上げられるかにかかってるんですよね。それができていれば本番でも冷静な部分があり、そこから動作への連動がうまくできます。
「Christmas Show & Party 月世界へようこそ(睦静紀社中)」ゲスト出演 Photo:高橋とんこ

うめざわ
ありがとうございます。
恵美さん、これらを踏まえて、踊り手へのアプローチでは、どのようなものが考えられますか?

境恵美(さかいめぐみ)さん
舞台上での表現というところでは、女性性に働きかける香りで表現を引き出す、温かさや穏やかな心を引き出す香りで直感力や感性を優位にして、より自然な所作を醸し出す「思考ではない本能的な舞」を引き出すアプローチができると思います。
お稽古では、記憶力を高める香りを使えば、振りの覚えをよくする効果が期待できるのではないでしょうか。
日本舞踊に合う、境さんおすすめの精油の一例
白檀(びゃくだん)・・・白檀は精神とスピリットに働きかける香りと言われています。重厚でありながらお寺など神聖な空気感を演出してくれます。
ヒノキ・・・日本舞踊の板付にも使用されているというヒノキは、森の中を連想させる香りとも言われており、心の平穏や落ち着き、明日に向かってゆっくりと気持ちをリフレッシュしていく後押しをしてくれます。
フランキンセンス・・・かつて神様へ捧げる儀式にも使用されていたという神聖な香り。自身の深い部分へアクセスするとも言われており、日本舞踊を鑑賞しながら自分の感性へもより刺激してくれます。
舞台との一体感を演出する香り

うめざわ
舞台を鑑賞する、お客さん側へのアプローチはどう思いますか?

境恵美(さかいめぐみ)さん
さっきのお稽古場の話ともつながるのですが、舞台の世界観を香りで演出することで、お客さん自身が、より舞台の世界へ入っていけるんじゃないかなと思います。
演者が出てくるタイミングだけ香りを焚くとか、キーになるシーンで焚くとか・・・
舞台を見せられている、ではなくて、香りがあることで客席と舞台との一体感が、より生まれると思います。

境恵美(さかいめぐみ)さん
そして、相乗効果で「日本舞踊」という、もともと良いものが香りによって、より印象づけられるのではないかなと思います。
美術館やホテルなど意外なところでも香りって使われているんですよね。
香りって脳に直接届くものなので、香りがあることで良いものがより強く印象付けられたり、その香りをきっかけに、あとからその経験を思い出したりもするんです。

境恵美(さかいめぐみ)さん
一方で、たくさんの人の前で使う際には、香りが苦手な方もいますし、個性的すぎる香りは避けたほうがいいなど気配りも必要です。
日本舞踊の公演だと、みなさんに馴染みのある柑橘系の香りも用いながら和のテイストをブレンドすることで、まるで神社や森の中にいるような神聖で心地よい空間を演出できます。
ちょっと旅にきたような、非日常な世界観を演出できるのではと思います。

うめざわ
香りを使うときに気を付ける点ですね。

境恵美(さかいめぐみ)さん
精油って、ひとつに100種類以上の成分が入っていると言われているんです。あるアロマは、てんかんなど特定の症状の方にあまりよくないとか、そういったものも中にはあります。ですので大勢の場所で使用するときにはそのような禁忌事項がないアロマを使ったりする配慮が必要ですね。
とはいえ、最近では病院でアロマを活用するところも出てきていて、医療の観点からも香りは注目されているんです。

西川壱弥(いちや)さん
本当に「香り」の可能性は無限大ですね!

うめざわ
対談を通じて、お稽古場、舞台、客席と、あらゆる面において「日本舞踊×香り」の可能性を感じることができました。
また香りを通じて「空間演出」を考えたことで、様々なアプローチによって、日本舞踊がもっと楽しくなる、よりよいものになるポテンシャルがあるということも感じることができました。
西川壱弥さん、境恵美さん、本日はどうもありがとうございました。