義太夫「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」解説
「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」は、春夏秋冬をモチーフにした、4つの演目からなる作品です。この記事では「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」ができた経緯と、どのような作品なのかを解説します。
義太夫「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」の解説
花競四季寿には以下の4作品があります。
春「萬歳(まんざい)」
新春を祝う門付け芸の「萬歳」をテーマに、二人の芸人の、縁起の良い掛け合いを見せる
夏「海女(あま)」
恋に悩む若い海女が、片思いの憂さを踊る
秋「関寺小町(せきでらこまち)」
年老いた小野小町が、かつての華やかな暮らしを懐かしみます。
冬「鷺娘(さぎむすめ)」
雪の中、こつ然と現れた一人の娘。雪とともに思い慕う恋心が積り、やがて娘は神秘的な姿へ・・・。
文楽(浄瑠璃)が元になった作品
「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」はもともとは文楽の作品です。浄瑠璃とも言って、日本を代表する人形芝居です。国の重要無形文化財、そしてユネスコの無形文化遺産にも指定されております。世界に誇る伝統芸能、といってもいいですね。
ちなみに、2022年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の脚本を書いている三谷幸喜さんも、過去に文楽作品を手掛けられています。「それなり心中」といいまして「曽根崎心中」という作品のオマージュです。
そして「義太夫」というのは義太夫節とも言って、浄瑠璃音楽の一流派です。竹本義太夫さんという方が確立したので義太夫といいます。
歌舞伎よりも断然人気があった文楽
さて、日本が世界に誇る芸能、と言いますと、「歌舞伎」のイメージが強いかもしれません。テレビでも歌舞伎俳優さんがたくさん活躍されていますよね。2021年に開催された東京オリンピックの開会式では市川海老蔵さんが出演され、世界に歌舞伎の存在感を示しました。
しかし、江戸時代において、はじめは歌舞伎より文楽の方がだんぜん人気があったのです。むしろ歌舞伎の方が文楽の背中を追いかけて、文楽の演出や、演目を真似していた時期もありました。
「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」といった有名な歌舞伎の演目も、元は文楽からうつされたものです。
いまでも、ヒットした小説や漫画が、テレビドラマになったりしますよね。歌舞伎に携わる人々は、視聴率が取れなくて悩むドラマプロデューサーのように、人気芸能「文楽」で、何がヒットしているのか?その演出は?盗めるものはないか?と、常に注目していたわけです。
そういった努力もあって、江戸の庶民文化が全盛を迎えた文化文政期、歌舞伎も大きく飛躍します。特に人気を博したのは「変化舞踊」というジャンルでした。一人の役者が様々な役を、扮装を変えてレビューのように次々と演じ分けるというものです。
さて、「花競四季寿」はこの文化文政期に作られました。文楽作品なのですが、さきほど紹介した、歌舞伎の変化舞踊をモデルに、「人形芝居の変化舞踊」として作られたものなんです。
江戸時代の芸能界をリードしていた文楽、庶民文化の隆盛とともに、追いつけ追い越せと進化してきた歌舞伎、二者が、お互い切磋琢磨する関係性になった、「花競四季寿(はなくらべしきのことぶき)」はその象徴のような作品といえるでしょう。