歌舞伎と日本舞踊の違いを徹底解説!【一覧表あり】
よく聞かれる、歌舞伎と日本舞踊の違いについて、様々な角度から網羅的に解説します。
歴史的には、歌舞伎から分かれる形で日本舞踊が生まれているため、似ている部分がたくさんあります。また、芸能形式上の違い、舞台の大きさ、衣裳等、性別等の制約、組織、ビジネス領域など、様々な観点があり、一言で違いを言うことは難しいものです。
この記事では、あまり厳密な定義を追究するのではなく、予備知識があまりない、歌舞伎、日本舞踊を知ったばかりの人に、主に両者の大きな違いに注目し、ざっくりまとめることを意識しました。まずは大づかみに違いを知ってもらい、興味を持った方は、さらに詳しく調べていただければと思います。
まずは、歌舞伎と日本舞踊の違いをまとめた一覧表を作成しましたのでご覧ください。
歌舞伎と日本舞踊の違い
日本舞踊 | 歌舞伎 | |
---|---|---|
芸能形式 | 舞踊 | 芝居+舞踊 |
セリフ | ないものが多い | ないものが少ない |
衣裳 | 着物であれば良い。浴衣も可 | 歌舞伎専用の衣裳 |
大道具 小道具 |
なくてもよい なし、または扇子のみが多い |
必須 |
化粧・かつら | なくてもよい | 必須 |
主な音楽 | 長唄・清元・常磐津・義太夫・大和楽・小唄・端唄 etc. | 長唄・清元・常磐津・義太夫 |
演目の長さ | 数分~数十分 | 数十分~丸一日 |
演者 | 原則一人で一曲の中で全ての役を踊り分ける 性別の制限なし |
役柄ごとに役者が異なる 男性しか役者になれない |
その他 | 上記はすべて、演目や舞台の格式による。 歌舞伎に近い形式で行う場合もある。 |
|
組織 | 家元制度 家元継承は世襲をとる流派が多い 独立して流派を立てる人もいる |
家制度 役者の名跡を世襲で受け継ぐことが多い 一般の人も養成所から役者になることが可能 |
キャリアパス | 弟子入り→名取→師範→教室を開業 花柳界へ就職→芸者さん 弟子入り→名取→(師範)→舞踊家 |
養成所→弟子入り→役者 歌舞伎の家に生まれる→役者 |
ビジネス領域 | 主に、資格・習い事ビジネス | 主に、興行ビジネス |
詳しく違いを見ていきます。
「芝居+舞踊」の歌舞伎と、あくまで「舞踊」の日本舞踊
歌舞伎はセリフのある芝居的要素と、舞踊的要素からなっています。日本舞踊はその舞踊部分が独立したものと考えられます。
日本舞踊の成立は江戸時代。歌舞伎の振付師が町の人々に踊りを教えはじめたのがルーツの一つとされています(当時は単に『踊り(江戸)』『舞い(上方)』と呼んだようです)。芝居も込みの歌舞伎をそのまま町の稽古場で教えるのは現実的ではなく、印象的な踊りだけを教えたのではないでしょうか。また、日本舞踊を習得したい大きなニーズを持つ人たちに、花街の芸者さんがいました。お座敷で披露するには、小唄や端唄のような短い曲でさらっと踊れるものが求められたことでしょう。
セリフで芝居を進める歌舞伎と、舞踊で魅せる日本舞踊
歌舞伎は芝居がありますから、セリフがあります。「知らざあ言って聞かせやしょう」「こいつぁ春から縁起がいいわぇ」「絶景かな、絶景かな」など数々の名台詞があります。
一方で、日本舞踊にはセリフがほとんどありません。日本舞踊の中でも「歌舞伎舞踊」と呼ばれる、歌舞伎の原型をかなり残した演目の中には、歌舞伎のようなセリフがあるものもありますが、一般的に町の教室でお稽古するものにはセリフがないものの方が多いです。セリフをしゃべるのがちょっと恥ずかしいという人には、とっつきやすいかもしれませんね。
舞台が必須の歌舞伎と、畳二畳からOKな日本舞踊
▲日本を代表する劇場「歌舞伎座」(歌舞伎座公式HPより)
歌舞伎は音楽も生演奏、舞台装置も大掛かりになるため、舞台には大きな劇場が必要です。でちなみに東京の歌舞伎座の間口は約27m以あります。
歌舞伎がよく上演される劇場
歌舞伎座(東京都中央区)、新橋演舞場(東京都中央区)、国立劇場(東京都千代田区)、大阪松竹座(大阪府大阪市)、京都南座(京都府京都市)、御園座(愛知県名古屋市)、博多座(福岡県福岡市)
日本舞踊は小座敷から大きな舞台まで様々な場所で演じられます。関西の日本舞踊・上方舞や、全国の花街で芸者さんたちが披露する日本舞踊は「お座敷舞」とも言われ、「畳二畳あれば良い」と言われることも。当然、畳二畳で歌舞伎はできません。
▲「新潟古町芸妓の舞」(新潟県観光協会HPより)
とはいえ、多くの日本舞踊の舞台に選ばれるのは板敷きです。晴れの舞台を「檜舞台」というように、檜でできた舞台が最上級とされます。歌舞伎も日本舞踊も、床を足で踏んで、音を出したり、拍子をとったりすることが多いためです。一方、お座敷で発展した上方舞は畳で舞うことを前提とし、足を踏む動作はほとんど見られません(ホコリが舞うからとも)。
参考記事
>上方舞ってなに?特徴や歴史、代表的な演目・流派を解説
専用衣装の歌舞伎と、浴衣でも踊る日本舞踊
▲素踊りの例。格式高い舞台では紋付を着用。常磐津「子宝三番叟(こだからさんばそう)」(公益社団法人 日本舞踊協会HPより)
歌舞伎は専用の衣裳が必要です。一方、日本舞踊は「素踊り」という言葉があり、専用の衣装を必要とする特別な演目以外は、普通の着物を衣裳とすることができます。もちろん、演目によって、舞台の格式によって必要な着物は変わり、着物ならどんな場合でも、何でもいいというわけではありません。衣裳にもTPOがあるのです。
町のお稽古場が、家族や友人を呼んで地元で開く気軽な発表会なら、そこまで高価な着物を揃える必要はありません。浴衣で発表会を行うこともあります(『浴衣会』『浴衣ざらい』と呼ばれます)。
▲(恥ずかしながら)筆者の発表会での写真。浴衣に袴をはいている。町の稽古場の発表会は比較的衣裳の自由度が高い。
専用の道具が必要な歌舞伎、扇子で「見立て」る日本舞踊
▲扇子の見立てについて「日本舞踊 ~美しい所作の芸術~」(Japan Video Topicsより)
歌舞伎は世界観を表すために大道具・小道具が必須です。一方、日本舞踊は必ずしもそれらを必要としません。体一つで表現するからです。必要最小限の道具としてよく使われるのが「扇子」。扇子を様々なものに見立てることで表現します。例えばキセル、手紙、刀、盃、自然物(波、風、山、花・・・)など、見立ての可能性は無限です。「見立て」は日本舞踊の大きな特徴の一つかもしれません。
隈取りが有名な歌舞伎と、素顔で踊る日本舞踊
化粧も歌舞伎では必須です。顔を白く塗り、特には激情を表す「隈取り」を施すこともあります。なお、顔を白く塗るのは、江戸時代、照明技術が未発達で暗かった舞台上の、役者の顔を目立たせるためだと言われています。
一方、日本舞踊は素顔でもかまいません。
歌舞伎の音楽に加え、バリエーション豊富な日本舞踊
歌舞伎の代表的な音楽は長唄・清元・常磐津・義太夫です。日本舞踊ではそれらに加えて大和楽・小唄・端唄 など比較的短い曲も多く使われます。芸者さんがお座敷で踊るためにこのような曲がたくさん作られたのでしょう。現代曲(歌謡曲、JPOP、クラシックなど)で日本舞踊を楽しむ人もおり、これらは古典邦楽を使用する舞踊と区別して新日本舞踊と呼ばれることがあります。
一日かかる歌舞伎と、数分から上演可能な日本舞踊
歌舞伎はお芝居ですから、一つの演目は非常に長く、上演に丸一日かかることもあります。通常の歌舞伎公演では、演目の中から一場面だけを取り出して上演されます。それでも数十分に及ぶことが珍しくありません。
日本舞踊も歌舞伎舞踊の中には、数十分の演目がありますが、小唄や端唄は数分の短いものがあります。長唄や清元、常磐津などにも長短、様々な長さのものがあり、一般的にお稽古されるのは数分から十数分のものが多いです。
男性しかなれない歌舞伎役者、女性が多い舞踊家
▲女性も男性も舞台に立てる日本舞踊。大和楽「四季の花」(公益社団法人 日本舞踊協会HPより)
演者についても違いがあります。歌舞伎は一人が人役を演じ、男性しか役者にはなれません。日本舞踊は一人で演じるものが多く、演目の中で、登場する全ての役を一人が踊り分けます。例えば、清元「玉兎」では、兎、狸、おじいさん、おばあさんを一人で踊り分けます。性別に制限はなく、男性でも女性でも楽しめます。日本舞踊を習う人、仕事にしている人には女性の方が多いくらいです。
歌舞伎のように上演する日本舞踊もある
▲隈取もあり、歌舞伎のようだが、これも日本舞踊。長唄「蜘蛛の拍子舞(くものひょうしまい)」(公益社団法人 日本舞踊協会HPより)
舞台上のことについての違いを見てきました。様々な違いがありましたが、日本舞踊は歌舞伎から生まれたもの。演目や格式によっては歌舞伎に近い上演スタイルもあります。大きな舞台で、専用の衣裳、大道具、小道具、かつらをしつらえ、一人一役でセリフによって芝居が進む、そんな日本舞踊もあります。このあたりが、歌舞伎と日本舞踊の違いを分かりにくくしているところでもあります。
組織について。「家」を中心とした制度は同じ
歌舞伎の世界は「家」が中心です。家ごとに「成田屋」「澤瀉屋(おもだかや)」などの屋号を持ち、親から子、孫へと、歌舞伎役者の名跡を襲名していきます。
日本舞踊は同じ家を中心とした制度でも「家元制度」という制度を持っています。家元という組織のトップが芸を受け継ぎ(家元は世襲が多い)、一定水準以上の技術を学んだ弟子に一門の名前を名乗ることを許します(名取、、または名執。ともに『なとり』と読む)。そして芸の指導は家元以外にも、師範という教える資格を与えられた人が行います。ある流派で芸を学んだら、独立して自分の流派を立てる人もいます。
プロへのキャリアパスは?
歌舞伎役者になりたい人は、歌舞伎役者の研修所へ入所するのが一般的です。そこで修業したのち、いずれかの歌舞伎役者の家へ入門し、舞台に上がります。ただし、歌舞伎は独特で、血縁が非常に強い世界なので、有名な役どころは、歌舞伎の家に生まれないとまず務めることはできません。
国立劇場などを運営する、独立行政法人 日本文化振興会は毎年、歌舞伎俳優研修生を募集している。原則23歳未満が応募でき、歌舞伎実技、立廻り・とんぼ、化粧、衣裳、日本舞踊、邦楽などを学ぶ。研修終了後は幹部俳優に入門し、歌舞伎俳優として舞台出演する。
日本舞踊を仕事にするには大きく3つの選択肢があります。「町師匠」「芸者さん」「舞踊家」です。
町師匠は、日本舞踊教室の先生です。先生になるには、まず、いずれかの教室で日本舞踊を習い、師範の資格を取ります。その後、自宅やテナントを借りて教室を開業します。
芸者さんは料亭などで接客し、芸を披露する職業です。京都の舞妓さん・芸妓さんが有名ですね。新潟の花街のように社員として芸者さん(振袖さん、留袖さんと呼ぶ)を雇っているところもあります。
舞踊家になるには、舞踊の技術を学ぶことはもちろん、ステージを創り上げ、そこにお客さんを集めることも学ばなければなりません。古典の日本舞踊だけで、舞踊家として食べていくことは容易ではありません。舞踊家として食べていくには、日本舞踊にとどまらず、演劇や他のダンスやステージパフォーマンスについて、その営業の仕方や、仕事の取り方を学ぶ必要があるでしょう。
参考記事
>日本舞踊の名取・師範ってなに?仕事や、なるための条件・費用などを解説します
>日本舞踊の名取試験の内容とは?【注意点あり】
興行ビジネスの歌舞伎、習い事・資格ビジネスの日本舞踊
ビジネス領域も違います。
歌舞伎は、興行を打ってチケットを販売する「興行ビジネス」です。日本舞踊も舞台のイメージがあるかもしれませんが、実は興行として成り立っている公演(黒字になる公演)はほとんどないと言われています。日本舞踊の舞台のほとんどは、出演者がお金を負担しています。ビジネスの領域としては「習い事・資格ビジネス」に分類されます。
参考記事
>”指導”こそが日本舞踊というコンテンツの中心ではないだろうか?「指導法を学ぶ仕組み」の重要性を訴えたい
まとめ
歌舞伎と日本舞踊の違いについて、イメージを持っていただけたでしょうか?
補足すると、「歌舞伎」「日本舞踊」といっても、その中の幅も広いです。歌舞伎座で興行が打たれる大規模な舞台はもちろん歌舞伎ですし、地域に伝承され、間口数メートルの農村の神社の神楽殿で行われる「地歌舞伎」もあります。歌舞伎と見まごう、豪華な日本舞踊の舞台もあれば、座敷で着物一枚でさらりと踊る日本舞踊もあります。江戸文化圏と上方文化圏でも特色が違います。明治維新後、日本舞踊も様々な変化をしてきました。「何をもって日本舞踊とするか?」という決着のつかない議論もあります。
私なりの日本舞踊の定義は、「日本舞踊は、具体的な装飾、衣裳、芝居、セリフを排し、舞踊に特化して身体表現を追究するもの」となります。
歌舞伎から生まれながら、歌舞伎にはある様々な条件から自由になり、その代わり、素の身体表現を追究する日本舞踊の魅力が、もっとたくさんの人に伝わればいいと思います。